November 08, 2009

老婆心ながら・・・

 先回の発信から一ヶ月も経ってしまいました!時が過ぎ去ってしまう速さには驚きます。
 「なにやってんだろう~?」・・・「なんにもやってません・・・!」では人生に申し訳が立たないですね。とは言え、いろんな事をやってもいるし、思ってもいるのですが、つぶやかなかっただけなんです。敢えてつぶやかず、思いを留まらせず、ぼ~っと生きてるほうが楽なような気がしまして・・・。年寄りの気ままな生き方です。
 ラジオもテレビも、点ければ耳障りなことばかり入ってくるし、耳を塞ぎ、目をつむってひっそり生きていたかったのです。・・・・・と、こんな状態でしたが、これとて私自身の心の問題だとふと気づきました。回りがどうであろうと、楽しいと思えば楽しいし、幸せだと思えば幸せなのでは?と、ふと思いつぶやいています。
 立冬だと言うのに、こんなに暖かいのは地球温暖化のせいだとか、政権交代しても景気は良くならないとか、インフルエンザが猛威をふるっているとか・・・そんなふうにしか解釈していない心持をちょっと変えてみると・・・。暖かいので暖房も要らず貧乏人には有難い、CO₂も出なくて有難い!インフルエンザで発熱した人は免疫力のお返しがあったはず!経済が低迷している間こそ、企業戦士の鎧を脱いで、ひっそりのんびり質素な生き方できるじゃない!鎧なんて着なくても鉄砲の弾は飛んではきませんよ!
 「世の中の波動が、ひっそり!のんびり!おおらかに!なれば、GDPは上がらずとも、GHPは上がりますよね。」と、老婆は思うのですが・・・・

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October 07, 2009

つれづれなるままに・・・・秋!

 隣地の建設現場の重機に圧倒され、窓際に置かれたパソコンを避ける毎日でした。ところが今日は景色が違います。近づきつつある台風対策なのか、巨大な重機の撤退準備が始まり、昼過ぎにはみんな撤去されています。もしもあれが大風で倒れたら、我が家の運命はペチャンコ確実です。台風はいやだけれど、とりあえず鉄の塊が視界から消えたのは歓迎です。人力主導で建て前をしていた頃から見ると、機械一辺倒の建設現場は晴れがましくも何ともありません。大きな重機が土を掘り起こし、巨大な土管を埋め、鉄の柱を打ち立てて行く。重油の排気ガス量も相当なものです。こんな工事がこの周囲では絶え間なく行われています。マンションビルと汚染された空気で視界ゼロの日も遠くないはずです。嵐の前の静けさが妙に寂しい秋の一日。
 一方、先週の土曜日はちょっと嬉しい一日でした。前日の大雨が嘘のように晴れ上がった朝でしたが、気分は少々気後れ気味に孫の運動会に行きました。気後れ!などと・・・不謹慎なと思うでしょうが、もうすぐ5歳になるこの孫は、普段はとっても元気で活発な子なんですが、団体競技や演技にアレルギーなのか、必ず運動会や発表会では泣くのです。しかも大声で、始めから終わりまで。お預けしている保育園での運動会は今年で4度目、当初は「まだ小さいのだから・・・」とか「早生まれだから・・」等と、かばっていたのですが、さすがに今年は「また今年も泣くんだろうなぁ・・゚゚(´O`)°゚」と気後れしきりでした。所が行ってみると、ニコニコ笑っているではありませんか!それも満面の笑顔で!徒競走も必死に走って、本人いわく一位!私の目には二位!実際は三位くらいかな!?でも私たちは一位に認定です。
 他を見渡しても、赤ちゃんクラス以外泣いてる子はいません。当たり前なんですよね(゚m゚*) よそ様から見れば当たり前のことですが、じじばばや息子夫婦にとったら、涙の出るほど感動的なことで、思わずほろりと泣いてしまいました。自信たっぷりの笑顔でお弁当を頬張る孫の、未来の扉が開いた秋の一日でした。
 そしてその日の夜、中秋の名月と共に、携帯電話から次々に聞こえてくる遠い昔の友の声。時々声の便りだけの友の携帯から、代わる代わる聞こえる云十年振りの声に・・・感動です。顔を思い出さない友でも、話は一瞬に通じるのですから不思議です。
 道端で摘んできたすすきと、お月見だんごと、孫の笑顔と、友の声と、雲の合間の名月と・・・・素敵な秋の一日に感謝、感謝の一日でした。
 照る日、曇る日、土砂降りの日、すべてが必然の一日なのだから積み重ねて行くしかないですね。

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September 24, 2009

ニュースを見ていて・・・・ふと

 中医学講座に参加して半年が過ぎました。中間テストも終わり、概念の世界にも少しだけ慣れてきました。順応性があるのか、感化され易いのかはさて置き、どっぷり中医の世界に浸かっています。もう云十年早く巡りあっていたらと思ったりもしています。一つの病気をあらゆる角度から弁証(検証かな?)し、論治(治療)して行くのが中医学です。例えば目の異常については、目そのものだけでなく、大元の(肝)から弁証する。鼻は(肺)から、耳は(腎)から、口は(心や脾)から・・・一番驚いたのは、虫歯や骨は(腎)なのだそうです。そしてその大元の臓器なども単独ではなく総てがつながっているという事実。要するに、体は宇宙と同じで総てがつながっていると言う事でした。しかもその体を維持するものが、水穀の精微(食べ物)、気(吸い込むきれいな空気)となると、植物や動物や鉱物、果ては大気を産み出す宇宙すべてが源なのだと感謝せずには居れなくなります。
 やはり、人間は決して一人では生きられない生物なのでしょう。たった一つのつまづきが、取り返しの付かない事態をも起しかねないことに早く気付くべきでは・・・。
 今話題の八っ場ダムも心に重いことです。あの村の方々の心情を思うと何とも言えないのですが・・・。明らかに取り返しの付かないところまで来ているのでしょうが、それでも敢えて弁証すれば、大元はダム建設など反対だったのではないでしょうか?それでも様々な軋轢を受け人々の心はひび割れて来てそして、ダム建設へ・・・と、重たい結論だったのでしょう。でも、こんなことがある度に思い出すのが、国連のこども会議でのこども代表の言葉です。「この地球を壊してきた大人の方たちへ、この地球を救えないのなら、せめてこれ以上壊すのは止めて下さい。」お金では買えないものが、ダムの底に沈むことが本当に進むべき所なのか?戦争、開発、破壊、創造、また破壊・・・一体私たちはどうしたいのでしょうか?経済が冷えたとしても、今が弁証論治しなければならない最後の段階であることは誰しもがわかっているはずです。五臓六腑すべてに魔の手が回ってからでは手遅れなんですがね・・・。

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September 20, 2009

お隣さんがマンションに・・・!

 妙に静かな日曜日です。お隣さんのマンション工事も今日はお休み!
 解体から始まり、基礎工事の真っ最中で、騒音!振動!粉塵!耐えられない環境の毎日です。解体時には、お隣さんの家が悲鳴を上げているようにも聞こえ、ちょっと神経が壊れそうでした。我が家よりほんの少し早く建てられたお隣さんの家だったので尚更でした。それぞれの事情があって行われることなので、口ばしを挟む気など毛頭ありませんが、真に隣家の断末魔の叫びでした。一年後に完成とのこと、待ち遠しいばかりです。日照権だの、鬱陶しいだの言う権利などないので今はただ、工事が無事終了する日を待ちわびるしかありません。
 さすがに今日は日曜日、工事がお休みなのでほっとしていますが、変な気もしないではありません。
 ここは普段の騒音もかなりの地域なんです。飛行機の離着陸の騒音、車の騒音、前のワンルームマンションに住むバイク好きの若者がメンテナンスで唸らせるエンジン音・・・それらの音を「騒音」と感じていたはずなのに、今日は以前ほど大して気にならなくなっているのです。それどころか何となく気が抜けてしまったような、寂しいような!これが免疫力なんでしょうか?人間に与えられた耐性力なんでしょうか?年と共に、この地域の騒音から逃げ出したくて田舎暮らしに憧れたけれど、もしかしたら私はすでに、静かな環境では生きていけない人間になっているのかも知れません。恐ろしい事実です?!
 工事が始まった頃は、余りのうるささに、毎日朝早くから終了時の夕方まで用もないのに外出しまくっていました。それが2週間ばかりの間に免疫が出来たのか、耐性が付いたのか、それとも出かけるパワーが無くなったのかわかりませんが、何となく我慢するようになって来ました。そして迎えた久し振りの普段の日曜日、なんとなくポッカリ穴があいたような気分なのです。飛行機や車の音なんて微々たるもんじゃ!とさえ思えてくるから不思議です。こうして愚かな人間は、あらゆる公害を平気で耐えるような生き物に進化?退化?していくのでしょう。クワバラ!クワバラ!
 

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September 09, 2009

やっと再開できました!

 ちょっとつまづいてブログ更新をためらっている内に、4ヶ月も過ぎてしまいました。いざ再開と思い、このページを開けようとしたら何だか様子が変なのです。今までのやり方ではログイン出来ません。思案投げ首でしたが、やっと2005年の登録完了時の書類に辿り着き、このように再開するに至っています。事務処理能力の欠落が招いた事態です。年のせいもあるでしょうが、これは元々の体質なのでどうしようもありません。それにも増して、4年半前の私が、よくもまあこんなことを始められたものだと、その辺から可笑しくなります。最初は「穀物菜食の実践」を発信したかったのに、写真処理が上手くできなかったり、菜食主義を転向したりで、いつの間にかタイトルどおり(おむすびのつぶやき)・・・たんなるつぶやきだけになっていました。それはそれなりに良かったのですが、あれこれブログ用に世界を見ていると何だか虚しくなってきたのです。それで更新を躊躇していた次第です。やっとログイン出来、いざ発信という日に、おもしろい冊子が舞い込んで来ました。「ホ・オポノポノ」という聞きなれない言葉がタイトルの本です。そこに書かれている、「人の記憶には潜在意識と顕在意識とがあって・・・潜在意識がものすごい影響力とスピードで、毎瞬毎瞬顕在意識をコントロールしている・・・云々」・・・と言う説に深く共鳴してしまいました。(すぐに感化されるのが私の体質)・・・要するに、今まで培われてきた潜在意識が良い意識ならいいのでしょうが、へそまがりで小心者の私の潜在意識など大半は良からぬ物だと想像がつきます。良からぬ思いがヘドロのように溜まっていてはいい事なんて現れにくいのも当然です。だからそれらの良からぬ潜在意識をクリーニングしましょうという本なのです。そこで勝手に解釈して、私の場合は“つぶやく”ことで潜在意識も少しはクリーニング出来ているんじゃなかろうか!などと思いながらパソコンに向かっています。
 ちなみにその本には、「その記憶を今まで放っていたことと、対処しなかったことに対してごめんなさい許して下さい。その記憶を消すには宇宙の光を放つ愛しかないので、愛しています
。そして最後に消えたことへの感謝、ありがとう。それだけの言葉を繰り返すことで問題はクリーニングされるとあります。何が起ころうと、たったそれだけの言葉を繰り返すことでに戻れるという魔法のようなことでした。信じられる方は即実行して下さい。信じられない方は忘れてしまうでしょうねthink
 私は信じました。そして試しても見ました。一つの問題がクリアー出来たのにはちょっと驚きました。信じるものは救われますよsecret

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June 21, 2009

二兎を追うものは一兎をも得ず!

 経済と環境、どちらも立てる政策などあるのでしょうか?私たち一般人にはとても難しい問題です。だからと言って、ここは、政治の力に期待するしかない等と思っていないで、一般人レベルでやれることを増やしていくべきでしょう。下降気味の脳で今思い付く事を挙げてみます。
 one貧しさに耐え、エネルギーを使わない生活をやればいいのでしょ!
 twoエコポイント欲しさに余計なものは購入しない!
 threeETC導入で高速料金が安くなろうがマイカーでの遠出は自粛する!
 four特売での余計な買い物で冷蔵庫の稼働率を上げるだけに終らせない!
 five「質素倹約」と言う言葉を復活させる!・・・etc 
 何も特別なことでは無い筈です。100年後、いいえ10年後の地球を想像するだけで、そのくらいのことは出来るはずです。政治家さんが言っている国民負担とはそう言うものであるはずなんです。そんな意識を、国民がすんなり理解するような政策こそが、今の政治家に求められている資質なんです。
 今時の教育はとても立派です。環境教育など私らの頃にはありませんでした。せっかく子ども達の意識が向上して来ているのですから、私らも追随しなければ何もなりません。もう一度思い出しましょう。国連こども会議での子ども達の言葉を・・・「地球に対して何も出来ないのなら、せめてこれ以上地球を壊すようなことだけはやらないで下さい。」・・・“何も出来ない”などと、あきらめられない大人でいたいものです。そして、政治家さんたちにも難しい格言など引っ張り出さなくても、「二兎を追うもの一兎をも得ず」などの易しい諺に立ち返って頂きたいものです。

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May 19, 2009

脳トレ真っ最中!

 中医学の講義は興味津々で楽しいのですが、年に三回試験があると聞いてビックリ\(◎o◎)/!授業のあった日は必ずパソコンに向かってせっせとレポートにまとめていたので、試験勉強のつもりでそれを見返して更にビックリ!何一つ記憶に残っていないのです。自分の手で字を書いていなかったので覚えていないのです。それに気づき鉛筆を握り締め、始めから復習のやり直しです。中国の難しい漢字に手こずりながら、真剣そのものです。やはり字を書くという動作には素晴らしい効果があるようです。その時は理解していたはずのことが、改めてしっかり脳に入り込んでくるのを実感しました。ペンだこが出来るほど勉強した覚えはないけど、書きながら暗記をしていた大昔が甦ってきました。と同時に、この所忘れがちな漢字も思い出せるようになって来ました。便利なものを使いこなせることも大切だけれど、不便を覚悟で打ち込むことの大切さを身に沁みた次第です。日に日に失われていく脳細胞が、鉛筆の減り具合に反比例して、増えないまでも踏みとどまってさえくれれば尚幸いです。

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April 23, 2009

巡りて巡る・・・!

 一年間薬膳教室に参加し、中国四千年の歴史とまではいかないけれど、何となく日本食にはない摩訶不思議さを感じた次第です。元々サッパリ系の田舎料理が口に合う性分なので、中華料理を毎日食べたいなどとは思っていない人間なのです。それで、穀物菜食に意義を見つけたくてアレコレやって来たのですが、はっきり言って効果のほどは見られません。それもそのはず、幼少期には当たり前の如く穀物菜食もどきで育っているにも関らず虚弱体質なのです。春先になると色んな持病が噴出するし、性格も“~せねばならない病”と来ては虚弱にもなるはずです。薬膳の先生の開口一番「人間は雑食動物なんだからお肉も食べなきゃ目も回るよ!」のお言葉に、単純な私は「ごもっとも!」の一語しかありませんでした。勿論、穀物や野菜の力を見限ったわけではありません。お米と野菜は、今でも私にとっては一番に感謝を捧げる食材です。薬膳の中で知ったあらゆる食材の総てを受け容れられる人間にはなれそうにありませんが、せめて中国四千年の医食同源の思想を学べればと思った次第です。
 そんな一年間の取っ掛かりを元に、今年は“中医学”とやらの講座に首を突っ込んでいます。何やら難しげな講座名にちょっと臆する所もあったのですが、先生が一年間お世話になった薬膳の先生なので勢いで参加することにしました。一日三時間の講義を月に三回受けるコースを二年間です。何分にも中国の医学なので、教科書の漢字には悩みますが、英語やドイツ語ではないので何とかなるでしょう。年相応以上に脳の機能が低下していることもハンディーで、前途洋洋ではなく、前途多難のほうがぴったりの挑戦です。
 それでも、始まったばかりの段階ですが、西洋医学に最も欠けている分野を重視した医学のような感触がして興味津々の金曜日です。
 目が悪いと眼科、鼻は耳鼻科、内臓は内科、怪我は外科・・・etcなどと言う西洋医学界の分類ではなく、体全体から見た病態の追求、人と自然界との関係の追求から治療に入る医学と言えます。応急にはそぐわないでしょうが、体に優しい医学だと思います。
 そういえば誰かが言っていた言葉を思い出しました。「人間と自然界とを分けて考えるのは違う気がする。人間も動植物も鉱物もすべてが自然そのものなんだ。」 その大切な自然を破壊しているのが、唯一人間だけであるということも忘れてはならないでしょう。中医学の中から、巡りて巡る自然の法則を学べそうな気がしています。
 

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March 29, 2009

日の出ずる国からの変革

 今を生きる人に、最も求められるものが“変革”。それではどんな変革が求められているのだろう?人が変わることによって、これからの世界が変わるとすれば、キーマンは一体誰だろう?
 スピリット・マインド・ボディーから成り立つ人間。 スピリット・・・「霊的なる魂」は変えようとして変わるものだろうか? マインド・・・「理知的な心」は変えようとすれば変わるはず? ボディー・・・「肉体」は変えようと思えば変えられるものではあろうが・・・心の持ちように関わってくる筈だから、一筋縄ではいかないだろうか?
 突然こんな難しいことを考え出したのは、久し振りに“ガイアシンフォニー”のDVDで、酸素ボンベなど一切の科学的装備を使うことなく単独で、世界の8000メーター級の山々を踏破した“ランフォルト・メスナー”の言葉に改めて触れてのことです。西洋に於いては受け容れ難いと言われる“目に見えない世界”を、メスナーは苦しい登頂の度に受け容れて行ったようです。断崖を転げ落ちていく瞬間に、俗にいう幽体離脱を体験したことや、エベレスト登頂間際に雪の中で倒れた時に体験した不思議な現象に起因するようです。
 私たち日本人なら、そんな目に遭わなくても、見えない世界の存在を何となく受け容れられるのではないでしょうか。それは宗教観の問題なのかも知れませんが、日本に生きていると言うだけで、特別強い信仰心など持ち合わせていなくても・・です。それなら今一番に変革を試みるのは、私たち日本人ではないでしょうか。ただし、今どきの政治家さんが口をとがらせて言っている変革とは全く違います。ミサイルらしき物が飛んで来るやら来ないやら?まだ見えていないものを敵にしてしまう愚策を弄するような政治家に、真の変革など在り得ません。かと言って、宇宙飛行士やノーベル賞を貰ったような人たちだけに託すには余りにも無理があります。特別ではない普通の人たち・・・日の出ずる国の・・・日本の人たちが、心の在り様を変えることで、もしかしたら何かが変わるのではないでしょうか・・・?!
 ガイアシンフォニーを作った龍村仁さんの思惑はそんな所ではないのかな?・・・と思いつつ
ガイアシンフフォニーを鑑賞するたびに、心揺さぶられてしまいます。

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March 26, 2009

今日という日は・・・・

 「今日という日は、昨日亡くなった人が、切に生きたいと思った一日なのです。」 ふっと耳に飛び込んできた一節です。何気なく迎えた今日という日の重さにハッとしてしまいました。いつもかつもこんな事を考えて生きることは出来なくても、時折思い起こし、今日を大切に生きるべき言葉だと痛感しました。大切に生きると言うことは、ただ生に執着するというのではなく、丁寧に生きることだと思います。ではその丁寧さを考察すると・・・はたと困ってしまいます。丁寧と言う言葉を辞書で引いてみたら、「親切で礼儀正しい態度・念入り・注意深いこと」とあります。対義語は粗略「ぞんざい・おろそか」とあります。どちらが今の自分に当てはまるかと言えば、粗略の方でしょう。あらゆることに粗略になっては居ないだろうか?心ならずも死んでしまった方々が、痛切に生きたいと願っていた今日を、粗略に生きようとしてはいないだろうか?今年もまた桜の花を愛でることが出来たことに感謝しているだろうか?・・・朝から重たいことを考えてしまったけれど、なんとなく心が軽くなった気がするのは、少しばかり丁寧な時間を見つめられたからかも知れない

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March 25, 2009

老人力とは忘却力なり!

 リフォーム終了後の日課が“探し物タイム”です。工事に先駆け、家の中に定住し切っていた物を移動、或いは廃棄したのがそもそもの始まりです。当面必要なものについては再デビューさせたものの、生活して行く内に、その都度必要となる物の所在がはっきりしません。なにせ30云年の歴史の中で不用品が蓄積されていた現実を突きつけられ、気合を入れて整理したのが凶と出たようです。もちろんすっきりした部分もあるにはありますが・・・。日を追うごとに、廃棄したものへの追慕にすっきりしたとばかりは言い切れない状況続出です。
 「あれ、どこだった~?」今朝も、デジカメの行方が知れず夫と二人で探し物タイムです。結果は行方知れずのまま、「♪さがしものはなんですか~♪みつけにくものですか~♪・・・」「鞄の中も机の中もあらゆる所を探したけれど見つかりません。こうなったら踊るしかありませんね。」とばかりにあきらめた私は、こうしてパソコンの前に座っています。多分引越しさせる時にポイっとどこかへ移動したのは私でしょう。お座なりにしていたデジカメなので、世を儚んで自らゴミ箱の中へでも飛び込んだやも知れないなどと意味づけしながら「ご縁がなかった」の一言で幕引き出来るのが私の得意です。それに引き換え、トコトンあきらめないのが夫です。今も探しています。割れ鍋に綴じ蓋・・・と言ってしまえば夫に失礼かもしれませんが、30云年の歴史がこんな形態を作ったのでしょう。こだわるも良し、あきらめるも良しとして今後一層増してくる忘却力に立ち向かう老人力も必要なのではないでしょうか・・・ね?

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March 13, 2009

春二番が吹き荒れる13日の金曜日なれど・・・

 長い冬眠でもしていたかのように、前回の発信日から二ヶ月近くが経ってしまいました。その間、無感動に過ごしていた訳ではなく、世論に反応する日もあったのですが、言葉にならなかっただけです。世の中危ういことばかりがメディアで報じられ、神経が麻痺してしまった感もあります。
 当地では今日、一番乗りで桜の開花宣言が出されました。「早すぎる!」 しかも春二番の嵐も吹き荒れています。元々世の中の流れについていくのが苦手な私には刺激の多すぎる季節到来です。毎年この時期は、心身のアンバランスから体調不良になるのが癖だったので要注意ですが、今年の私はちょっと違います。お気に入りの布遊びも、畑仕事も、それなりに楽しんでいます。還暦から一年が過ぎ、60代の暮らしに適応出来たのかも知れません。生病老死といって、人生尻すぼみになるとばかり思っていたのに、還暦とはよく言ったものです。暦が巡り巡ってスタートラインに戻ったような気分です。
 そんな気分なので、築30年の我が家の台所とお風呂を思い切ってリフォームしてみました。システムキッチンとか、システムバスなどとは、生涯ご縁はないと思いながら、せっせと古ぼけた家を慈しんでいました。それはそれなりに工夫次第で住み易かったのですが、思い立ったら吉日とばかりに実行したものの、結構な手間とお金がかかってしまいヘロヘロです。それでも機能的になった部分には大いに満足しています。もうこれで田舎暮らしを羨む気分は当分お預けです。なんのかんのと言いながら、この家が終の棲家なのでしょう。
 住み慣れた家ならばこその愛着かもしれません。あと2~3ヶ月すると、同時代に建ったお隣さんも7階建てのマンションになってしまいます。ここ数年、我が家の周りは、雨後の竹の子のようにマンションが建ち上がっています。100年後の町並みを想像すると恐ろしくなる状況です。
 せめて我が家のような木造住宅に住む者は、昭和の名残を懐かしみながら、愛着を持って住むことに徹して行きたいものです。
 明日は嵐も去って、春町公園の桜の花も競って咲き始めることでしょう。「排ガスに耐えて 今年も さくら咲く」

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January 19, 2009

無意識のうちに終了する人生にはしたくないなあ~!

 「普通の人間は無意識の内に人生を終えている!」この一節が気になり、自分自身を検証してみると確かに思い当たってしまいます。小さな事を気にする割には、意識を集中させて生きることの少なさを実感します。思春期の頃異性を意識するとか・・・の“意識”でないことを前提にすれば、全く無意識の内に生きてきたようです。そこで今年は少しでも意識的に生きてみようと思い、ではどんな事から始めればいいのか・・・?とりあえず自然を意識してみようかな?などと考えています。新聞屋さんに頂いた暦(カレンダーではありません)と、気学通の姪の知識を頼りに、自然界の常識を遵守することから始めました。畑は自然ではないと言うことは承知していますが、農事に自然界の流れは重要だと思います。以前姪からの「節分過ぎて土いじりをすべき」という言葉をふと思い出し確認すると、土用の間は30センチ以上土を耕さないほうがいいのだそうです。「土用」・・・?土用なんて夏のうなぎを食べる時期だけかと思っていたのに・・・!無智を恥じながら暦を熟読しました。土用とは、立春、立夏、立秋、立冬の前の18日間を指すのだそうですw(゚o゚)wその期間には土を掘ったり、動かしたりはしない方がいいのだそうです。ややこしい事はパスしてきた人生なので今更とも思えるけれど、余生と言われる人生に立ち入った今、少しくらいのややこしい事には関っていくべきかも知れませんね。 そう言えば手間ひまかける生き方こそが“おむすびのつぶやき”のモットーでした。スローライフが、単なるスローな動作のおばあさんになっていたのかも知れませんね^(゚ー゚; スローペースであっても、自然の流れに畏敬の念と感謝を込めて生きて行きたいものです。

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January 10, 2009

意地悪ばあさん絶好調!

 暖冬かな?と思いきや、やっと来た寒波を歓迎している、何だか元気な正月です。
 何でも鵜呑みにする割には、素直でない性格ゆえ、つい余計なことを考え込んでしまい、いつも頭の中はグジャグジャ。顔で笑って心で泣くのはいつものこと。結果、自律神経が狂い、体調悪化、その繰り返しの人生だったな~! 昨夜、テレビドラマの“意地悪ばあさん”を見ていて、この手で行こうと思ったのは私だけかな?高齢化などと少々重たげに見られる世代の人間が、みんなあれくらいの気概を持てばいいのだ。意地悪はいけないことと思っていたけれど、余計な遠慮をする方がいけない事かも知れない。若者にちょっとうるさく思われようと、これまで生きて来た実績をしまい込まず、堂々とぶら下げて生きて行こう。それで摩擦が生じようが、それはそれで面白がればいい!青島幸男さんの意地悪ばあさんも良かったけど、ちょっと可愛い市原悦子ばあさん、最高だったな~。ここまで品格の下がった日本を救うのは、我等団塊世代のばあさん達かも知れませんよ。寒波が来るたびにシャキッとする私は素質充分かもしれない等と秘かにほくそ笑む正月10日でした。

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January 02, 2009

あけましておめでとうございます

 今年も、土地の神様の境内で新年を迎えました。住宅街の小さな神社で、神主さんも巫女さんも居ませんが、地域の世話役さん達と共に行く年来る年を祝うことで一年が始まります。ご利益は何も望みません。ただただ感謝です。・・・・等と言えば嘘になるかも知れませんが、60年以上生きてくれば望むものも見当たらなくなります。世界平和と生かされていることへの感謝のみで十分です。
 今年は娘一家(6人)が帰省しないので、息子家族と独身息子を交えて7人でお屠蘇をしました。3人の子ども達を特別いい子宝とは思っていなかったけど、それでもこんなご時勢にあれば、やはり宝物だな~と有難く思えてきます。いい日悪い日の繰り返しが人生だとすれば、いい日が今なんだと思えます。お正月にそんな風に思えただけで「今年は春から縁起がいいや~fuji
 新聞の情報などあまり信用していない私には、世の中の不景気風もどこ吹く風・・・ただし、好景気の時でもどこ吹く風でしたよ。世の中の情報に左右されない生き方こそが人生の達人なのかも知れませんね。今年もこんな具合にいい加減に生きていければと思う正月です。

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December 22, 2008

気がつけば“も~ういくつねると おしょうがつ♫”

 月初めに予定を立て、師走だからと言って走らなくていいようにやって来たはずなのに・・・!
 カレンダーが段々残り少なくなってくると、やり残した宿題に追われる子どものような気分になってくるのが面白い。ジタバタしなくてもお正月はやって来るのだろうが・・・。
 恒例の干支人形つくりと、日頃目をつむっている場所の大掃除など、まあまあ予定通りに行っている筈なんだけど、それでもあせりが出てくるのは小心者の証拠だろう。途中でいろんなアクシデントもあったし、来年の干支の牛さんが思ったより手間取ったのも一因だ。年賀状に至っては全くの手付かずだ。永六輔さんの提唱している“旧正月に年賀状を”に賛同して、2月になって出すのはどうだろうか?“人並みに”が頭から離れない小心者にはちょっと勇気の要る決断ではあるが、“価値観の違いこそ個性だ”と言われる時代にあってはいいのかも知れない。とは言うものの私の場合は、ただ単にグズグズしていて、年賀状まで手が回らないだけの事で、個性でも何でもないところで気が引ける。やはり少々走ってでも、年内に滞りなく諸事を収めて、お正月を迎えたいものだ。
 今年は、長引いた体調不良や、義姉の突然の死・・・と、番狂わせの一年だったけれど、人生とはこんな物かも知れない。いい事半分、そうでない事半分ずつの波動圏で生きているのが人間なのだろう。美輪さんが、ある番組で言っていた、「人を羨むのなら、その人の苦しみまでも欲しなさい」・・・さに在らんだ!
 還暦の年女としては、あと九日間くらいは子どもの頃のように、ワクワクしながらお正月を待っていたいものだ。待っていよう!お正月の歌を口ずさみながら~♫

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November 30, 2008

風土がフードを育てる!(野菜にも格差)

 「化学肥料も、害虫駆除の薬品も一切使わず育てた我が家の野菜は美味しい!」と自画自賛していたが、安心院に住む姉夫婦が送ってくる野菜を食べると、その自信がちょっと揺らいでくる。義兄も、農薬や化学肥料は一切使っていないので、条件は一緒のはずなんだけど・・・?作り手の違いもあるにはあるだろうが、やはり土と水と空気なんだと実感させられる。風土の違いが野菜の旨みにこれほどの差をもたらすとは・・・!私たちが借りている市民農園でも区画毎に、それぞれ野菜の顔が違うので一喜一憂の毎日だが、それらは施肥する物の違いでしかないので、そう問題視はしていない。化学肥料も農薬も使わない我が家の野菜は、それらを使った野菜に比べると少々見劣りはする。いや、見劣りと言ってしまっては我が家の野菜たちに申し訳ないとすれば、こじんまりしているのだ。こじんまり育った野菜を、大切に大切に収穫して頂くと“美味しい!”の一語に尽きるのだが、こうして安心院からの野菜が届き、食べ比べると、我が家の野菜の足りない点が見えてくる。ちょっと可哀想!いつだったか、野菜作りの達人が言っていた「吹く風が違う!」という言葉が思い出される。美味しい野菜を育てるのは、自然がたっぷり残った風土なのだろう。野菜だけではなく、数多の動植物すべてに言えることでもあろう。この都会の風土を今更変えることは無理だろうが、せめて美味しい野菜の育つ農地の確保だけは努力していないと大変な事になるだろう。優しい風土で育った美味しいフードを、優しい風土の日本で味合いながら生きて行きたいものだ。ちなみに、今日食べ比べた野菜は、安心院産(有機栽培)と、我が家産(有機栽培)と、人参農家産(有機栽培ではない)の三種の人参でした。色や形はさほど変わらない(我が家産はちょっと見劣りする)のに、甘さ、人参独特の味、葉の勢いに差がありました。でも、店頭に並んでいた人参との比較では、我が家の人参が大差をもって勝っていたのも事実です。人参の社会の格差でした。もう少し季節が進み、寒さが増してくれば、我が家の人参も安心院産に近づくやも知れません。おたのしみ!

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November 21, 2008

その後の“半Ⅹ”

 “半Ⅹ”・・・は見つかりそうで見つからないと思っていましたが、意外にもすんなり見つかりました。
 “半農”の部分は少々物足りない気もしなくはないのですが、理想通りにはいかないのが世の常・・だと、大きく妥協しました。一方、“半Ⅹ”の方は、何の取り柄もない私には難題だと思い込んでいたが何てことはない、楽しいことをやっていけばいいのだと気づき解決です。幸いにも“下手の横好きの分野”が、B型人間の私にはいっぱいあるのです。布遊び、料理、作文、作詩、健康お宅etc・・・もしかしたらもっとあるかもしれません。それらのことを日々楽しんでやっていくことが、立派な?半Ⅹに充るのではと、安易に納得したのが良かったようです。
 人生の岐路に立ったとき、正しいか正しくないかではなく、楽しいかどうかで選択すれば、人は幸せになるのだそうです(斎藤ひとりさんより)。この言葉に大いに勇気をいただき、朝の目覚めも良くなりました。「今日も楽しい一日が始まった~!」と実感することで、不思議なことに、体調も運勢も良くなってきたようです。これまで正否ばかりを気にしていた自分がちょっと哀れにも思えてきます。でも、その段階があったからこそ、正否に拘らない思考回路に辿り着けたのだとも思えます。毎日、心を込めて料理をし、家事をし、手作り工房を開き、時々パソコンに文章を打ち込んでいれば、一日はあっという間に過ぎていきます。この“あっという間”を大切に生きて行くことこそ天命を全うすることではないでしょうか。
 四半分は野菜つくりに、四半分は主婦業に、四半分は小物作りに、四半分はその他の楽しいことに使って100パーセントの私です。

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November 09, 2008

分をわきまえ、志しを立てる・・・生き方

 この地球上には5000万種の生き物がいるそうです。その中の1種類が人間です。
 その人間が分をわきまえずやりたい放題の生き方をしていれば地球の運命はどうでしょうか?競争社会の現実を否定はしませんが、必要以上の競争ほど愚かしい事とは思いませんか? ライオンも生きるために他者を襲い命を繋げる営みをしていますが、明日や一ヶ月先の獲物までには手を伸ばしません。分をわきまえた天晴れなライオンの生き方です。 電車に乗ったとき、荷物を横に置き二人分の座席を分捕っている人を時々見かけますが、これも分をわきまえていないことになります。特売日に不必要な物をついつい買い込んで家の中を狭くしている。地球上の飢えに苦しむ人たちの存在を知りながら大食い番組を見たり、暴飲暴食をし生活習慣病に悩んでいる。冷蔵庫の中で眠っている食べ物を無意識に廃棄している。必要以上の貯えに翻弄され、家庭を顧みずオーバーワークの挙句体を粗末にしている。これらの事は日常的に見られることではありませんか?すべて分をわきまえていないことのように思えます。分をわきまえるなどと言うと、古臭く面倒くさいなどと思われがちですが、至って当たり前のことなのです。いつの頃からか、人にとって“当たり前”と言う言葉の基準が変わってきているのでしょうか?
 志しを立てると言うことも大げさに考えなくていいと思います。折角生まれて来たのだから、何のために生まれてきたのか?何のために生きてきたのか?、どこに向かって行けばいいのか?・・・時々にでも思いを馳せることで・・・何となく命の深さに触れられるのではないでしょうか?
 年をとったせいか柄にもなく、こんな自分でも人様のお役に立てることがないだろうかとふと思うことがあります。慈善家などには決してなれないまでも、お節介程度のことでも人が喜んで下さるのならと、心がけるようになっています。息子たちは「今でもお節介焼きなんだからもう充分!」という反応が返ってきそうだけれど、このお節介がもしかしたら私にとっての重大なキーワードになるかも知れない、と秘かに企んでいる所です。
 

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November 08, 2008

“Ⅹ”を夢見て・・・!

 「あるもので、ないものをつくる」・・・これは半農半Ⅹという生き方を確立した塩見直紀氏の言葉です。一週間前に、未知の人だった塩見直紀さんとご縁が繋がり、「う~ん!なるほど!」と感心した次第です。40才代前半の若きパイオニアは、物静かでエネルギッシュな方でした。京都の綾部町で生活の半分は、自給自足の農業を家族で楽しみ、半分は“Ⅹ”の探求に宛てて生きているそうです。その“Ⅹ”に興味深々です。彼の場合は・・・(つまり、Ⅹは人それぞれに違う物)・・・「里山ネット・あやべ」からの情報発信にあるようです。著書は外国でも翻訳され共感を得ています。 私ごとき一介のおばさんが、ず~っと頭の中だけで妄想してきたことを、彼は33才の時に実行に移してしまったと言えます。彼の著書の支持層が30~40才代だと聞き、更に衝撃です。団塊の世代の我々が、30~40才代には何を思い、何をしていたかと言えば、ただガムシャラに生活していただけだったはずです。「専業主婦は三食昼寝つき!」などと言われる声に耳を塞ぎ、子育て、家事に没頭している振りをしながら、密かに“Ⅹ”を夢見ていたに過ぎません。還暦を迎え、やっとその“Ⅹ”に対面できる環境になったと喜んだのもつかの間、老いの障害に行く手を阻まれっ放しです。半農の部分は、何とか市民農園というささやかなもので代用は出来かかっているものの、残された半分の“Ⅹ”部分で四苦八苦しています。一時は田舎暮らしというものに憧れ、自給自足などとノタマッテいたのですが、農業向きの体ではない現実を市民農園で突きつけられました。そんな挫折感にうんざりしていた私に、塩見氏の半農半Ⅹの生き方は、地獄に仏のような福音です。半農とは、必ずしも田舎でというものではなく、都会のマンションででも展開できるもので、つまり土と空気と水で植物を育てることで、自然を生活の一環にすると言う、優しい提言です。一日の内、農に費やす時間の長短ではなく、触れることから得る自然崇拝の意識の確立なのでしょう。確かに、市民農園一年生ではありますが、野菜に相対する感情は以前にはなかったものが芽生えています。小さな小さな命との交流です。更に塩見氏曰く、肩書きを持って下さい。専業主婦にとって肩書きほど無縁のものはありません。肩書きとは組織のトップから与えられるものだとばかり思っていたからです。でも、自分で自分の肩書きを付けることの意味を、塩見氏は“Ⅹ”探しの際に気付いたそうです。何にでもすぐ飛びつくB型人間の私が見過ごすはずがありません。肩書き“専業主婦”だけでは納得いきません。何か付加を付けたいではありませんか。やはり、私にとっても“Ⅹ"は重要事項なのだと夜な夜な楽しい夢に思いを馳せる今日この頃です。いつの日にか、半農半・・・と言う肩書きの入った名刺を差し出せるようになりたいな~!

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November 06, 2008

幸運米のお味は・・・

 基本的にお米の味にはこだわらず安全性だけを求めてきたので、味の違いはたいして気にはしていませんが、幸運米はちょっと違うな!と感じました。確かに美味しい!のです。手間ひまかける無農薬米に美味しくないものはありません。それでも何かが違うように感じました。その違いは、」こだわりの栽培法と田んぼの立地条件にあるのだと思います。
(1)有用微生物活性液による田んぼの浄化 (2)竹発酵堆肥、ぼかしによる土作り (3)田植えと除草は人力とタニシで (4)追肥は、あぜ草を刈り微生物で発酵させた青草発酵液 ここまでは心ある無農薬栽培農家の手法と然程違いはありませんが、最後の条件に挙げられる最高項目が (5)田んぼの上流には生活用水を流す住宅がなく、山の清らかな水があると言う条件です。その代償と言うべきか、70枚の棚田に機械は入りません。その為農作業すべてが人力によるのです。大変な労力だと想像できます。こうして作られた美味しく、安心安全なお米ですが、その後の供給体制に行き詰っているのです。農協さんを通せば流通も楽でしょうが、それでは生計が成り立たないのです。流通段階で上乗せされる金額が、農家の人に入る金額より多くなる矛盾がそこにあるからです。日本が抱える一次産業の低迷はすべてここにあるのです。よって食料自給率がこんなに下がってしまったのです。農家の方々だけの問題ではないことが明白になってきました。
 幸運米の行く末を思う時、日本の食糧体系が見えてくるようで何ともいえない気分になってしまいます。
 「何とかせんば~!」と思案しつつ、私たち消費者はあっちこっちの心ある農家さんのお米を精一杯頂いていくしかないのです。天高く馬肥ゆる秋に美味しいご飯をいっぱい食べましょう!

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November 02, 2008

安心安全米の行く末

 食育祭のフォーラムで凄いおばさんに出会いました。高巣須磨子さんです。20年前から「食」の大切さに気づき、生ごみ発酵堆肥と竹堆肥と微生物技術での家庭菜園を実践しながら尚且つ,次世代を担う若い農業主の支援に邁進されている70歳の方です。一見して普通のおばちゃんですが、秘めたるパワーは凄いものがあります。
 熊本県御船町の山間部で、一昨年より休耕田を借り、安心安全な米作りに挑戦し始めた42歳の若者の支援に奔走する毎日を送っています。山間部の小さな田んぼ70枚を機械や農薬に頼らず作ることは並大抵のことではありません。試行錯誤の末、飛びっきり安心安全で美味しいお米が収穫出来る様になっても、販売ルートの開拓までは手が回らないのが農家の悩みです。ネット販売等を難なく手がけることの出来る農家は極一部だと思います。ほとんどの米農家は農協を通しての流通がほとんどです。その流通自体に問題点の多いのも確かな現実です。都市近郊の農家なら、産直ルートなども普及している昨今なのでなんとかなるかも知れませんが、山間僻地の農家さんはそれもままならないそうです。手間ひまかけて収穫しても、農協ルートの米価ではとても採算は合いません。せっかく美味しいお米の栽培方法を見出し、汗水流して収穫しても収益が無くては継続出来ません。そんな若者が田んぼを続けるには、私たち消費者の正しい選択が必要なのです。高巣須磨子さんは必死にその事を訴え続けているのです。声を嗄らして、ガリ版刷りのわら半紙を配り、我が子を後押しする母親のように、若き米農家の支援に明け暮れているのです。
 自給率アップだの農業支援だの声高に叫ばれているこの頃であっても、個人でここまで真剣に農業支援をされている方に初めてお会いし、感動以上のものを頂きました。我が家ではここ数年来、一家総出で合鴨農法の米作りをされている農家から直接お米を分けていただいているのですが、高巣さんの熱意に押され、10キロの玄米を注文しました。どちらの農家さんにも生き残っていただきたいのです。安心安全で美味しいお米が、片田舎の情熱ある農家さんたちによって作られているにも関らず、霧のかかった流通ルートにのってやってくる正体不明のお米が口に入ってくる現状を、私たち消費者が打ち消す力を持たなければと思います。
 「食の誤り・食の乱れ」が社会の誤り、乱れを生み出しているのは確かです。
 明日、そのお米「幸運」が我が家に届きます。熊本県御船町の吉澤幸運さんが作ったお米なので、高巣さんが「幸運」と名づけたそうです。きっと幸運と共に私の胃袋を満足させて頂けるものと確信しています。

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October 24, 2008

決定権は?

 人の生死の決定権はどなたが持っているのでしょうか?それが永遠の謎でした。
 10月20日、私の義理の姉が突然、57歳の人生を終えました。交通事故でした。姉とは言え、年は私より若かったので、義姉妹と言うより友達のような関係だったので、その死をどう受け止めていいのか混乱しました。死ぬ二日前まで、兄と二人で四国巡礼に行き、八十八箇所をすべて廻り、般若心経の写経と手ずからの仏画を収め、あらゆる執着や煩悩を四国に預けて帰って来た直後の出来事でした。一時は、神も仏もないのだろうかと思いましたが、そうではなく、神も仏もちゃんと認めてくれた、義姉自身の選択だったのではと思えてきました。肉体波動の時点では、人にそのような決定権はないでしょうが、魂の圏内に於いては、もしかしたら有り得る事かも知れません。交通事故だったにも関らず体は無傷だったことや、脳死状態で搬送され、数時後には肉体の生命活動も停止したことに、生前からこだわっていた彼女の意志が働いたとしか思えません。二年前に乳癌の手術を受けた時も、再発予防の放射線治療は自分の意志で固辞し、自己管理に徹していた彼女です。それでも時々恐怖心に負けそうになると、電話やメールで弱音を漏らしていました。そんなことから、思う所があり巡礼の旅に出たのでしょう。満願の時点でのメールには、未だかつて無い強い意志がみなぎっていました。それほどに充実した遍路だったのでしょう。それから二日後の突然の死でした。様々な儀式の段階で兄も私も、もしかしたら本人の意思で旅立ったのではと感じられるようになりました。魂の波動がきちんとしていれば、そのような選択権をも神仏は与えて下さるのではないでしょうか。そして死ぬことが忌み嫌われるものではないことも教えてくれた義姉の死でした。生きるも死ぬも自己決定なのでしょう。 合掌

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October 17, 2008

今更ながら~!?

 食の安全などと、今更ながら騒いで見ても・・・もう手遅れなんでは? 農薬というものが発明されて以後、とっくの昔から、それらの有害物質は確実に私たちの口に入っているはずです。まだ私が小さかった頃(50年以上前でも)、昔ながらの循環型の農家でも、消毒などには化学物質を使っていた記憶があります。田んぼに棒を立て、赤い布切れを下げていた景色が思い出されます。そんな田んぼの傍を通る時、口を閉じ早足に通り抜けていたはずです。赤い布切れは農薬散布のしるしだったようです。それでも、まだまだ土にはミミズも居たし、小川にはメダカやドジョウも泳いでいたし、野菜自体の力もあったはずです。あれから云十年の歳月が、農家を画期的に変えてしまいました。自家用と市場用の野菜の栽培方法に差を付け、見栄えだけを重視した農業者が当たり前になって来ました。ごく稀にですが、「このトマトはトマトの味がする!」などと言う会話を聞くと、当たり前の話が当たり前でなくなってきた不思議を感じます。 日々伝えられる食に関するニュースを耳にして、「天罰だぁ~!」と思うのは私だけでしょうか?どこ産の物が危ないなどと言っていますが、どこ産もここ産も無いはずです。有機野菜と表示した野菜でも、その有機肥料に何が紛れ込んでいるかわかりません。自分で野菜を作って見てよくわかります。スーパーやデパ地下に並んだ野菜が、何ゆえに優良野菜なのかが。もはや、優良という意味合いすら捻じ曲がってきているのでしょう。何も農家の方を責めているのではありません。私たち消費者が一番愚かだからです。
 グルメ番組のなんと多いこと。どこの局でも食べ物が飛び出してきます。一口食べての開口一番、「やわらか~い!ジューシー!」 固いのが美味しいことだってあるのに・・・!ふんだんに提供される食べ物の素性など問いただす余地さえなく、口に運ぶリポーターの人たちの健康を気遣いながら見るのに疲れてしまい、今ではグルメ番組は我が家ではタブーです。飢えや貧困に苦しむ人々の事を知らないはずはないでしょうに、製作者の品位を疑います。尚且つ、視聴者の品位もです。「 にわとりが先か卵が先か」の範疇でしょうが、哺乳類の中では高等動物であるはずの人間性をも疑われる現代社会の大きな歪みを、今更ながら悔やむ今日この頃です。

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October 07, 2008

机上の空論VS農民の一言

 昨夜のラジオ深夜便発の、山形県の米農家のおじさんの一言を国会議員のお歴々は聞きませんでしたか?夜の11時20分からの放送なので、健全な?議員さんは就寝中だったのでしょうね。
 「時が来る。その時農民は朱鷺になる。」 そのおじさんの居る村は、由緒正しい米農家からなる村であるにも関らず、お米を作っている人たちの平均年齢が67歳なんだそうです。しかも、手間ひま惜しまず育てたお米で生計が成り立っているわけではないのだそうです。10キロのお米を作るのに2400円ほどの経費を投じ、売ったお金は2000円なのだそうです。後継者が居ても、継ぐに継げない事情はそこだったのです。80歳の米農家のおじいさんは、お米を作るのが大好きで、何十年も作り続けて来て、本当はまだまだ現役で作りたいのは山々だけれど、長男さんが外で働いて稼いで来た賃金の中から経費を手出しして貰い作っている現状に行き詰まりを感じ、今年限りで米作りを止めるのだそうです。この話を聞き不思議には思いませんか?山形産のブランド米が10キロ2000円などでは買えませんよね。その差額が流通段階で生じて来ていると言う矛盾に、何とも経済の怪しさを感じてしまいます。あと10年もしない内に、高齢の米農家のおじいさんたちが、こぞって田んぼをあきらめたら・・・と思うだけでぞっとします。一次産業を大切にしない国は滅びます。目の前に迫っている食料不足の危機を救ってくれるのが、一次産業の方々なのです。その時は必ずやって来るのです。でもその時は時既に遅しで、天然記念物になってしまった朱鷺と同様にお百姓さんも希少な存在になっていると言う展開です。「時がくる。その時農民は朱鷺になる。」真に名言などと感心している場合ではないのです。国会で事故米の尻拭いにやっきになっている議員さんも、それはそれとして大事ではありますが、与野党一致協力して早急に決着を付け、10年後の、いいえもしかした数年後の危機に思いを巡らせ、やっきになって頂きたいものです。

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September 13, 2008

あぁあ・・・!

 ため息つくしかありませんねぇ~!「お~い、日本人どうしたの?」と言いたくなるようなことばかり起こっていますね。和の国とばかり思っていた祖国の荒廃を、ご先祖様たちもさぞかし嘆いておられることでしょう。それにしても世の中のしくみが複雑すぎます。お米の国でありながら、お米を遠い海外から買わなければならない事情や、あきらかに事故米(こんな言葉さえ不思議)とわかっていながら市場に流してしまう事情や、大阪の商社から東京の商社に流れた商品を再び大阪の消費者が購入する事情など等、複雑と言うよりは不思議です。これが経済界というのなら経済界など「なんぼのもんじゃ!」と言いたいですね。富める者が勝者で、貧しき者が敗者という図式を一掃しなければ、和の国の復活はないのかもしれません。真面目にコツコツ励んでいれば、必ず後ろから必要なお金や徳がついて来るのが当たり前という図式がなければ、若者は奮起出来ませんよね。考えてみれば、世の中段々と良くなっては来ている筈ですよね。食べるものは有り余るほど手に入り、交通機関は発達し、便利快適に暮らせる道具も発明され、言論の自由も手に入り、徴兵制度も無く・・・何が不足しているのでしょう。真に知足ではないでしょうか。足るを知ること、そしてそれに感謝することが全く欠けてしまった日本人から、「和を持って尊し」とする聖徳太子のDNAが消滅したのでしょう。天照大御神さまも、聖徳太子さまも、八幡さまも、天神さまも、竜神さまも、そして海外から遥々やって来られたイエス・キリストも仏陀も「あぁあ~!」と、ため息つかれていることでしょう。

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September 02, 2008

もっと優しくなろうよ!

 福田総理、ご苦労様でした。おおかたの政治家さんは、志しを持って政治の世界に入られているはずです。昔、流行した言葉に、「末は博士か大臣か!」と言うのがありましたよね。周囲の期待を一身に背負って政界に入ったものの、個人的な志しだけでは今どきの社会には通用しないのではないでしょうか?周囲の雑音に負けないほどの大きな志しを持っているか、或いは周囲の雑音をへとも思わない(^^ゞ厚顔な人でなければ、頓挫しない政治家は出てこないと思います。まあ、どうでもいいような政治家なら務まるでしょうが・・・。安倍さんも、福田さんも、普通の神経に近かったのでしょう。無責任と言えば言えない事もないけれど、私のような人間からみると「もう充分!」と思いますよ。これ以上やっていたら命が持たないですよ。そもそも、政治家の皆さんには思いやりとか協力とか言ったものが無さ過ぎます。みんな国を思って政治家になっているのなら、党派を超えて国を思う心を持って欲しいものです。足を引っ張ることばかり考えていたのではいい政治は出来ないはずです。少なくとも、福田さんも安倍さんも、その前の総理よりは人間味があったと、私は思います。総選挙で国民の信を問うなどと言われていますが、はっきり言って私には「わかりません!」。誰が総理になろうが、国会議員の方々の人間性が上がらないかぎり、内閣の頓挫は目に見えています。「末は、博士や大臣にだけはならないで!」と子ども達に告げたくなるような教育が、これ以上はびこらない様な、いい社会を作りたいですね。そんな願いを叶えてくださる政治家の出現を願って止みません。勿論、私たち国民もしっかり意識を持っていなければとは思いますが・・・・。そして、普通の神経を持った優しい人でも総理大臣が務まるような優しい社会になるといいですね(^。^)

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August 22, 2008

永遠なれ戦後

 この2~3日の朝晩の涼しさは、地獄に仏の感があります。梅雨明けと同時に酷暑日がスタートし、脳ミソが煮えそうでした。そんな中、エアコン無しで涼しげな顔をして過ごすには、何かに没頭するしかないと考え、読書を選択しました。いろんな本を読みあせりました。軽い物から重い物まで・・・。お陰で体力が落ちてしまったようですが、それは涼しくなって挽回すればいいことと割り切っています。中でも、8月15日の終戦記念日辺りに読んだ、“モンスーンへの序曲”・・G.Fジェイコブ著が強烈でした。スマトラで、太平洋戦争の戦後処理の任務にあたった英軍将校さんの記録本です。何故こんな本を読む事になったかと云えば、“がんばらない”・・鎌田實著がきっかけです。元日本軍人だった患者さんの紹介で、「日本人はこの本を読んで真実を知るべき」という言葉に触発されての選択でした。さっそく購入し、読み始めてはみたものの、あまりの重たさに心萎えるほどでした。今更戦争記録など読まなくても!・・・とか、戦争中に生まれなくてよかった!・・・とか、広島も長崎も沖縄も、そして戦没者のことも、どこか他人事でした。そんないい加減な戦後っ子だった私です。だから真実など知る由もありませんでした。「知らないことは罪」だと、この本を読み尽く々々感じました。英国軍人であるジェイコブ氏によって、着々と進められていく戦後処理の様子が、私には異次元の出来事のようです。戦争という現実の中で、人間はどこまで本来の意志を貫けるのか、経験のない私には想像すら出来ないことですが、たった一人の軍人の叡智が、多くの人々の運命を救った事実に、63年の時間の経過は吹っ飛びました。日本軍の辛らつな行為も知りました。戦争にどれほどの意味があったのかなど考える余地も無く涙が出ました。防衛のための軍事力保有も、9条改憲も決して認めてはならないことを痛切に感じます。攻撃も防衛も戦うことに変わりありません。戦うことで解決することなど何一つ無く、失うものの多さに唖然とするばかりです。こんな感想は誰しもが知っていることなのに、何故?・・・・。読み終わっても尚深い焦燥感の残る本でした。でも、読んで良かった。戦後は終ったなどとも言われていますが、戦後は永遠に終らないで欲しいです。間違っても戦前や戦中にならない為にも・・・・。

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July 26, 2008

世の中変だけど・・・!?

 世の中、変ですよね!猛暑や天災は仕方ないとして、ありとあらゆる類の事件、事故の続発。老いも若きもこぞって、「霊障じゃないの?」と思わせられるようなことばかり仕出かしていますよね。時代の閉塞感がもたらす現象だとは思うのですが、「じゃあどうすればいい?」・・・となると、この暑さで思考回路もオーバーヒート気味です。こうなったら発想の転換しかないなと思っていた矢先、若者の編集している雑誌に、「この閉塞感を破るのは戦争しかない!」という物騒な考え方に、思わず絶句。それだけは引っ込めて頂きたいです。我々先人の責任でもあるのでしょうが、たった一人でもこんなことは考えて欲しくないです。「地道に!」などと言う言葉が、何の役にも立たないとは思いますが、それでもやはり、『地道に!』しかありません。 “働けど働けど我暮らし楽にならざり”・・・じっと手を見なくてもいいけれど、贅沢品もグルメ番組も見なければいい。押し寄せてくる情報に、振り回されない確固とした信念とまでは言えない程度の節操を、持つことが大切なのではないでしょうか?「貧しき者は幸いなり」とまでの高きに至らずとも、身の丈に応じたそれなりの思想を持つべきでしょう。 なんの役にも立たない私事ですが、食料自給率の低さを嘆きつつ、「なんとか、せんば~」と思い立ったのが、家庭菜園です。農地を持たない我々には市民農園が手っ取り早く、朝夕のみの農民もどきを始めました。土を耕し、残菜で作った堆肥を入れ、種を蒔き、苗を植え、時々声を掛け(肥え掛け)成長を待ちます。お百姓さんから見ればお笑いでしょうが、それなりの感動と充足感を頂き、尚且つ美味しい野菜も食べられます。土用の丑の日に、高価且つ不審なうなぎを食べなくても、自家栽培の野菜を、惚れ惚れしながら食べただけで、充分活力源になってくれます。スーパーで買えばもっと手軽に、もっとお安く手に入るじゃない!と言ってしまえばそれまでの話ですが、これも発想の転換なのです。時代の抱える問題点を、ただため息混じりに手をこまねいて見ているだけではなく、「地道に!」打開の方向に一歩踏み出していることになりそうな~、そんな気がして・・・・・の話です。これは付け足しですが、イギリスの町では、条例で市民農園の設置が義務化されている町があるらしいですよ。わが町も、農政事業課が頑張って、ふんだんに農地を市が所有し、多くの市民に貸し出すようにして頂ければ自給率も少しはアップするのにな~!と、提言したいです。 油問題も然りです。「ガソリン代が高~イ!」とぼやくより、脱車社会に個人的にでも貢献できればと、車に頼る癖を止めました。個人で出来る自衛策を、「誰かが・・・」ではなく、「私が・・・」に変えていけば、少しはましな世界になるやも知れません。“焼け石に水”だなどと決して思わないで下さい。“千里の道も一歩から”です。 暑い!暑い!と連呼しながら、クーラーのコンセントだけは、やっと差し込んだものの、いまだ運転のスイッチには触れていません。これも一見、幽霊屋敷もどきの、ツタ伸び放題の我が家の工夫です。発想の転換と、ほんの少しの我慢なくして永続可能な社会は来ませんよね。

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July 17, 2008

おんな子どもの類ですが・・・・

 ラジオで秋山ちえ子さんの“可哀想な象”の朗読を聴けたことに感謝します。生涯を通して平和を訴え続けてこられた秋山ちえ子さんです。女性として、人間として最も尊敬できる方です。そんな秋山ちえ子さんに向かって、「平和では経済が成り立たないですよ!」と箴言した殿方がいたそうです。いつも前向きな方がめずらしく「男の人はだめねぇ~!」と嘆いていました。平和や環境問題を論ずる時、必ず聞こえてくるのが“経済”という耳障りな言葉です。お金が無くては生きていけない時代にあって尤もだと言ってしまえばそれまでですが、そんなことばかりも言っては居れない時代でもあることを認識して頂きたいものです。永続可能な地球があってこその夢や希望ではありませんか。特に政治家さんたちには、心に理想郷を掲げて常に政治を司って頂きたいものです。経済優先の政策で、これまでどれ程の損失があったのか試算してみたら一目瞭然です。取り返しの付かないところまでやって来て、今更“平和”や“環境”もないでしょうと言う天の声が聞こえてきそうですが、それでも低きところからではありますが、秋山ちえ子さんに続く女でありたいものです。戦争がどれだけ悲惨な結果を残してきたか、経済成長がどれだけ地球や人の心を壊してきたか一時たりとも忘れてなるものですかscissors

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July 15, 2008

難しいことはわかりませんが・・・・

 日本では“竹島”、韓国では“独島”と呼ばれている無人島の所在地を、今回の竹島問題で始めて知りました。尖閣諸島の件も然りですが、公海に浮かぶ無人島の所有権など誰に決定権があるのでしょう。そもそも国境線ですら、激しい戦いの末の線引きでしかないのではと思いませんか?地球が誕生した時にそんな線が引かれていたのならまだしも、人間の都合でしかないのでは・・・? しかも時は、地球の行く末を子ども達ですら懸念しているこんな時期に、有識者と言われる方々の、なんと心の狭き事よと嘆かずには居れません。正しい歴史認識を子ども達に伝えて行く事は確かに必要かも知れませんが、その“正しい”ということの曖昧さを熟慮すべきではないでしょうか?先般のサミットでも、子どもサミットの方がまともな見解だったことから見ても、大人の認識の曖昧さを深く恥じ入るばかりです。以前、子ども地球会議で子ども達に突きつけられた言葉「壊された地球を修復出来ないのなら、せめてこれ以上壊すのだけは止めてください!」を覚えていますか?大きいはずの大人達が、小さな事でウジャウジャ言っている間にも地球は悲鳴を上げています。本当の意味で子ども達にこの地球を引き渡してあげたいとは思いませんか?その為には、地球上の線引きなど必要ないはずです。「そんな青臭いことを!」と言う言葉も聞こえますが、青臭い発想でしかこの青く美しい地球は守れないのではとも思います・・・・・。

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July 08, 2008

お百姓さんもどき

 ジメジメ、ジトジト・・・これまでは梅雨をこんな風に思っていましたが、今年はちょっと違います。山笠もまだ終っていないのに、福岡は梅雨明け宣言が出ました。早すぎます!野菜つくりを始めた今年は、朝夕の水遣りを免除されることでジメジメ、ジトジトの雨も有難かったのです。結果、畑に行くのはたま~にでした。それが梅雨明けと共にやってきたこの暑さに、否が応でも水遣りに日参しなくてはならなくなり、「今年の夏は長くて、厳しいぞ~」と覚悟を強いられかけていました。ところが不思議なことに、暑さに弱いはずの私が2~3日前から急に元気になってきたのです。早朝から、自転車に飛び乗り畑へ一目散。一時間ほど畑で過ごすようになりました。キュウリやオクラの花の美しさに見とれたり、赤く色づいたトマトにうっとりしたり、田舎暮らしの疑似体験のようです。でも現実は9㎡足らずの市民農園でしかなく、野菜の出来ばえもお隣さん達と比べると決して誇れるものではありません。それでも愛おしいのです。私たちの野菜や雑草さえもが。不慣れで怠け者の私たちが畑の主というだけで、適切な世話もしてもらえず、そのうえ昼間のこの異常な暑さにも耐え、それでも朝の畑は充分に私を楽しませてくれます。せめて朝夕の水遣りくらいは面倒がらずにたっぷり、お返ししなければと肝に銘じています。楽しいことがたった一つあるだけで、人はこんなにも元気になれるものかと驚いています。お百姓さんは三日やったら止められないとか、言ってませんでしたかねぇ~。自給率を上げることなど到底出来ないけれど、来るべき食糧難の時代に備えて?お百姓さんごっこは当分続けていきたいものです。

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July 04, 2008

なすがまま、あるがままの人生❢

 あれもこれもやりたい事、やるべき事、いっぱいあった筈なのに、いつの間にか何もしない生活を送っていた。体調不良を口実に、のんべんだらりとした毎日を半年続け、いい加減覚悟が定まった。『これでいいのだ!誰がなんと言おうとこれでいいのだ!』・・・・勿論誰も何とも言っては居ないし、ウジウジあせっていたのは自分だったことを確信した。概ね、人々の悩みはこんなもんじゃなかろうか?毎日目標を定め、そちら方向へ向かい、ひたすら進んで行く姿は、実に美しく尊いかも知れないが、継続することは相当疲れる。私も疲れたのです!60年間の疲れを背負ったまま、生き甲斐だの、第二の人生だのと大それたことは考えまい。生きてきたように生き、老いて行けばいいのだ。『誰が何と言おうと、・・・誰も何も言ってませんし~!』
 ♫これでいいのだ~これでいいのだ~♫バカボンの歌を口ずさみながら、早起きして畑へ行き、きゅうりの花の美しさに息を呑み、収穫まぎわの野菜に感動し、しっかり波動を高めてきました。
 人生などと重々しく考えないで、明るく朗らかに生き続け、明るく楽しく移行出来れば、“幸いなるかな我人生”だ。

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June 26, 2008

善は急がない・・・・?!

 佐藤愛子さん著「私の遺言」の中の、中川正蔵氏著「運命の法則」から抜粋されたページに興味深々。“幸福になるためのソフト”五箇条というのがあって、*今日一日、親切にしようと想う。*明るく朗らかにしようと想う。*謙虚にしようと想う。*素直になろうと想う。*感謝しようと想う。・・・・とある。ここまでは良くある信条だが、その後がいい!但し、*実行してはダメです。意識して実行すると失敗します・・・と続く。つまり、人間の脳をハード分野とソフト分野に例え、左脳はハード、右脳はソフトなのだそうだ。左脳は外部からの教育で体験することによって育つが、右脳は自分自身の啓蒙によって成長するらしい。つまり、前記の五箇条を繰り返し唱和することにより、右脳に刷り込まれ、いつかそれが自然と身についていると言うしくみらしい。「善行をしなければならない」と言う意識で、善行を実行しても波動を高めることにはならないのそうだ。物質世界で育ち、偏差値教育を宛がわれた現代人の右脳が衰えているのも必然だろう。左脳と右脳のバランスが保たれてこその理想像かも知れない。こうして人間の波動が高められて行けば、地球の危機も回避されるかもしれないのに・・・・などと思ってしまった。更に、この“波動”という言葉も、私は好きで良く使っているが、本当のところ何もわかっていなかったようだ。何となく感じるものとしてしか認識していなくて、実際にそれがどう作用しているのかなど知る由もなかった。はたまた、それは精神性の物でしかないと思っていたかも知れない。それが、波動とは「意志と情報と振動数を持ったエネルギー」という定義に出会い、我意を得たりである。人々の波動が高まれば皆が幸せになれるんだと実感できた。今すぐと言う訳には行かないけれど、せめて私の身辺に居る人たちだけにでも波動を高める極意をと思い、痛い首をギブスで固定しながら発信している次第です。*今日一日・・・・・・・想う。それだけでいいんですよ!「~せねばならない!」と決して思わない事です。

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June 19, 2008

人の振り見て我振り直せ❢

 嫁の胆石手術の為、息子の家に手伝いに行って来ました。小学2年生と3歳の孫の相手はそれなりに楽しいのですが、久々の息子との共同生活は??でした。元々私は甘ったるい母親ではなく、ちょっと気弱な長男には、意識的に強くなって貰いたくて、厳しい母親でした。その恨みからか、今や地位が逆転したかの如く、口うるさい息子でした(^^ゞ。それもそのはず、息子も37歳、二児の父親です。辛口の私でも、こっそりと褒めたいくらい好い家庭を作っています。私たち夫婦が為し得なかった理想の家庭像をしっかり描き、着実に築いているようです。そのせいか、チョッとしたことにもこだわりを持っているらしく、私の為すこと全てにクレームを入れてくるのには腹が立ちます。「私は手伝いに来てやってるんだぞ~!」と言いたくもなります。でも、ふと気付いたのですが、息子の小言はもしかしたら私譲りのもの?・・いいえ、私そっくりだということに・・・・❢ さすが親子、DNAが同じなんです。そう言えば、血液型も干支も同じなんです。“人の振り見て、我振り直せ”と言いますが、一週間の体験で貴重な気づきをさせて貰いました。長年培ってきた性分なので治らないとは思うけど、気付いただけでも収穫だったはず。更に、息子も私を見てそう感じてくれれば尚いい事なんですが、まだまだそこまでは成長していないでしょう。当分お嫁さんには迷惑かけるでしょうが、親譲りとあきらめて貰うしかありません。いつの日か息子も、私のように気付く日もあるでしょう。無事手術も終わり退院してきたお嫁さんと、もっともっといい家庭を作って行くであろう息子を、スープの冷めやる距離で見ていこうと思います。

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June 07, 2008

理想的老人のすすめ

 日本では百歳以上の老人が1万4千人以上居るそうです。百歳なんてとんでもないとばかり思っていたのが、そんなに珍しくなくなっているのに驚きです。もしかしたら、私だって百歳まで生きるかも知れない・・・・!?と思うと、ちょっと複雑な心境になってきます。首や腰が痛いなどと不安材料を抱えて長生きするのは躊躇われます。でもこればっかりは“神のみぞ知る”で勝手に操作出来るものではないし、何とか元気に年を重ねなければと誰しもが思うことでしょう。でも、お釈迦さまも言われていたように、“この世は苦”でもあるし、“生病老死”が人の一生なら、病気も老いも必ずやって来るものと思っていたほうがいいのかも知れません。94歳で現役バリバリの日野原先生のような方は例外ですよね。でもあの先生も言われていましたが、人は病気になったり、苦しい時を経験したりすることによって、感性が磨かれていくのだそうです。つまり、いい事ばかりでは人間は成長しないのです。病気を如何にして克服するかを学び、苦しいことがあれば、乗り越えれば必ずいい事もあるはずと希望を持ち、経験することによって、ひと回り大きくなれるチャンスがやって来たと思えばいいのです。更に、財産は蓄えるものではなく、与える物であるとも言われていました。金品を蓄えられなくても、経験者としての智恵を蓄えていれば、誰にでも与えて上げられるではありませんか。老人とは、尊敬できる人のことなんだそうです。老いは決して醜いものでも、いやなものでもないのだと思います。漢文では“老”は尊いことだからです。“後期高齢者”などと、きれいごとっぽく呼ばれるから違和感があるのではないでしょうか?そしてまた、老人も老人らしく尊ばれるように老いて行かなくてはと思います。不平不満ばかり言っていても事態は良くなりません。耐えることも必要です。それも眉間に皺を寄せて耐えるのではなく、年と共に刻まれた皺にふさわしい忍耐くらいなら出来るはずです。戦中戦後を生き延びてきた世代ではありませんか。少なくとも、私はそんな風に老いて行きたいと思います。

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June 02, 2008

あっぱれ❢じゃが芋達

 3月21日、初めて種芋の植え付けをしました。「芋類は手がかからない!」との風の便りだったので、無精者の私には最適とばかりに決行したものの、やはり一抹の不安はありました。こんな枯れ果てたような芽から本当に実が出来るのだろうか?とか、土はこれで良かったのだろうか?等など、一抹どころか一杯の不安でした。そしてその後、耕作の副作用がわが身に降りかかり、頚椎の故障で長い闘病生活に入ったのです。その間、夫に畑仕事を一任したものの、じゃが芋だけは放っておいてと釘を刺し、成り行き任せでした。途中、一度だけ“芽かき”とやらをすべきとの風の便りを思い出し、首の痛さを堪えながら“芽かき”作業を完了させました。まだまだ成長過程の幼い茎を「もったいない」と思いつつ間引くと、それでも小さな小さな実が根っこの先に付いている様は感動ものでした。それ以後、本格的に首の故障で畑には行けないまま6月になってしまいました。やっと首の調子も治まり、思い切って畑に行ってみると、なんとじゃが芋の葉が病気のようです。所々の葉に茶褐色の斑点が入っているではありませんか。慌てて隣の畑のおじさんに診断して貰うと、「病気じゃないよ!掘ってごらん!」と言うではありませんか。収穫なんてまだまだ先と思っていたので、一瞬おじさんの言葉を疑いました。でも、仕方なく恐る恐る一本だけ引っこ抜いてみると、子どもの拳くらいの大きさのじゃが芋が出てきたではありませんか。それも一個だけではなく、数個も。二本目も、三本目もちゃんと食べられるくらいの大きさのじゃが芋が・・・・!普段冷静な私が思わず歓声を上げるものだから、夫も、隣のおじさんも共に大喜び。思わず「子どもよりじゃが芋の方が親孝行!」などと、訳のわからないことまで言ってしまい、三人で最高の感激を味わった気になりました。隣のおじさん曰く、「スーパーに行ったらこの数倍の大きさのじゃが芋が安く買えるよ!」・・・・「でも、この喜びは買えないよ!」・・・まったくその通りです。専業農家の方々から見ると、箸にも棒にも掛からないほどの小さな小さなじゃが芋だけど、無精者の私には、うってつけの“じゃが芋栽培”でした。子育てもこの程度の労力で済むならもっと楽しいだろうになどと、密かに思いもしました。手間ひま掛けなければ育たない野菜もあれば、この程度のことで楽しめる野菜(完成品に多くを望まなければ)もある、これも子育てに通じるものがありそうです。これから楽しむ夏野菜は、私には向いていないものが多そうです。添木を組んだり、水遣りも加減が必要だったり、芽掻きにも鉄則があったりと、几帳面な夫の出番です。私の次なる出番は、秋に収穫するサツマイモくらいでしょう。こうして見ると、私にはやっぱり“自然農”が究極の目標です。我が子育てもそうだった様に、程ほどの手間ひま栽培を楽しむことにしましょう。

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May 30, 2008

なんとかせんばぁ~!!

 めまいや頚椎の不調で、今年になって針を持っていません。一昨年の事故で脊椎を痛めた時は、立ち仕事は無理でも座ってできる針仕事はせっせとやれていたのに。それが、肩から上の不調では、針と糸を見るのも辛くなり、今年は遂に雛人形を一体も作らないまま夏を迎えようとしています。それはそれでいいかなと思って、針箱を封印してきたのですが、ここに来て急に虚しさを感じるようになっています。針もきっと錆び付いているはずです。溜め込んでいる古布や、作りかけの人形も、見るに忍びない思いです。「こんなはずじゃなかったのに・・・!」 人生、山あり谷あり・・・と、明るく受け止めていればいいようなものの、朝起きたときの肩の重さに、今日もやっぱり・・・。 もしかしたらこの症状は、何もしないでいることのストレスから来る体調不良なのかも知れないと思ったりもします。思い切って針箱を開けて、作りかけの人形を引っ張り出したら、首の痛みも飛んでいってしまうかも・・・?などと。でも、こうしてパソコンに向かっていても肩の緊張はひどくなり、ブログですらご無沙汰ばかりなのに、針仕事なんて到底無理!。思えば私の好きなことは総て、下を向いてやることばかりです。針仕事、読書、パソコン・・・40歳代の時、目の調子が悪くなり眼科に行った時のこと、眼科医から、ちょっと早いけど立派な老眼と言われ、「目にいい趣味に変えたら!」とも言われたことがありました。その時は〔そんなこと無理!〕と内心反論したのだけれど、今となっては重要なアドバイスだったかなぁ~!と、ちょっと反省もしています。今更、新しい趣味を探す旅に出ようにも、生来の出不精が足を引っ張るし、体調不良はそんな意欲さえ拒んでしまいます。「なんとかせんばぁ~!」 本当に毎日「なんとかしないと!」と、狭い視野の中、暗中模索しています。

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May 12, 2008

まだまだ捨てたもんじゃない日本!

 毎日毎日いろんな事件や事故がメディアによって報じられています。知るべきか知らざるべきか、取捨選択の難しい時代です。いい事ばかり報じていてはジャーナリストの使命に反するのでしょうから、そこんところは受け取る側の判断とすべきなのでしょう。それにしても嫌な時代だなぁ~などと思っていたけれど、よくよく考えれば戦国時代からみれば、現代は大いに進化しているのかも知れません。格差は確かにあるけれど、昔のようにがんじがらめの階級などは無いし、後期老齢保険にしても、本当の姥捨て山がある訳ではないし、それなりの進化発展はしているのではないでしょうか?贅沢言えばきりが無いですよね。「こんなこと言ったら野党の方々に叱られるかも知れないけどね!」今の政治がいいとは思わないけれど、そこから先は我々国民もある程度容認するしかないのじゃないですかねぇ。ミャンマーの軍事政権や、ここんところ俄かに灰色っぽくなってきているロシアの政権など見ていると、日本の平和が心底嬉しくなります。9条問題にしても国民が正しい選択さえすれば、容易に改憲には至らないのではないでしょうか?愛国心が悪いとは思いませんが、武器を楯にしてまで守るべき国は愛国とは言えませんよね。大宇宙からみた小さな地球を一つの国と見る方が真っ当ではないでしょうか。昨夜の某テレビ局の番組のチャリティーオークション見ましたか?有名人が描いた絵をオークションに掛け、収益でカンボジャに学校を建てると言うものでした。それを見ていて、久し振りにうれし涙を流しました。その番組のちょっと前に見た、ロシアの軍事パレードの映像が余りにもショックだったので感慨もひとしおでした。「日本人でよかった!まだまだ日本も捨てたもんじゃない!」と不思議な愛国心を感じました。でも、そこが問題なんですね。日本が平和ならそれで安泰などとのん気なこと思わず、世界中が平和になるような意識を忘れないようにしないとね。

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April 18, 2008

私も一言

 夕方のNHKラジオ番組『私も一言!夕方ニュース』で、“入学金未納の生徒が入学式に参加出来なかったことをあなたはどう思いますか?”との問いかけに寄せられたコメントを聞きながら感じたのですが。
 校長先生の立場を慮ってとか、昨今の給食費未払い問題も抱き合わせて、親の認識不足だという意見、規則なんだから仕方ないと言う意見、高校は義務教育ではないのだから、入学金を払えないのなら別の進路を考えるべきだったとか、様々な意見が寄せられていました。
 これは定時制高校での、しかもたった二人の生徒に対する措置なのですよ。心ある校長先生(心無い先生とは言いませんが)なら・・・・・。いえ、もし、もしも私が校長だったら、四の五の言わず式に参加させたと断言できます。例えそれが規則違反であったとしても、子どもの心を思う教育者たる者なら、誰でもそうするはずだと思うし、敢えてこんなに取り沙汰される問題でも無かったことと思うのですが・・・・。規則などと言うものが何故あるのかと言えば、物事をスムーズに運ぶためだけのような気がしてなりません。それも確かに大事かも知れませんが、それ以上に大事な事がそこにある時は、さっさと改正するか、無視するかして大事な物を守るべきなのではないでしょうか?
 みんな平等と、みんな同じは違います。権利は平等であっても、立場は違うのです。一万円のお金がみんな同じ価値でもないのです。大人になれば少しずつ思い知らされますが、子どもは教えなければ知りません。そんな事も、あんな事も知らないから学校へ行くのです。それを教える学校での今回の出来事は、今の日本の教育が真っ当でないことの証のように感じた私は甘いのでしょうか?
 それでも、たったお一人だけの意見でしたが、「校長先生に“とりなす”という行為が欲しかった」というお言葉がありホットはしましたが。
 事ほど左様に今どきのニュースはついて行けません。皆さん自分の立場でしか物事を見ていないようで・・・・。かく言う私もそんな情けない日本人になっているのかも知れませんが・・・・。人の振り見て我振り直せ!

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April 14, 2008

四年連続の桜アレルギー症候群

 日本中が桜の花便りにウキウキしている真っ最中、寝たきりに限りなく近い状態で十七日もくすぶっていました。それは何かをやったからと言う訳でもなく、桜が咲き始めると首が変になり、大回転のめまいと首の硬直が始まり2~3週間、ひどい時は一ヶ月くらい不自由な日々を過ごすことになります。それが今年で四年目なんです。何の因果かわかりませんが、そんなことでお花見なんて縁遠くなってしまいました。病院へ行けば、例えば『メニエール症』とか、『頸性めまい』とか『動脈硬化症』とかの病名を頂けるはずでしょうが、最初の一年目に発症した時に、娘の急病と重なり、病院へ行く機会もなく、恐る恐る目を廻しながら家事、育児をやらされていて、一ヶ月後には回復していたので次の年も、その次もと耐え忍んできました。そして今年も、やはりやって来ました。さすがに今年は色々考えました。私の前世がよほど桜の時期に大暴れして、その顛末で桜の精に嫌われたのだろうかとか、花冷えの頃特有の前線の影響を身体が察知してのことなのかとか、とにかく首を固定して過ごす日々は思考もネガティブになってしまいます。でもやっと首がスムーズに動くようになり、復活の兆しが見えてきたのでやれやれです。市民農園に種付けしたじゃがいもや、大根、人参の成長が気がかりになって来ていたのが、回復を促したのでしょう。今年も、これ等の症状で命には別状なかったので、『桜アレルギー症候群』とでもしておきましょう。まだまだ、自己免疫力が健在だとも言えるのかも知れません。ご心配頂いた皆様には申し訳ないことではありますが、何があってもアタフタせず、自己回復力を信じていくしかありません。これからぼつぼつ葉桜見物にでも出かけ、桜アレルギーを克服しなければと思っています。

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March 23, 2008

なにもしないわけには・・・いきませんか?

 “春の海ひねもすのたりのたりかな”・・・・春はのんびりがいいですね。
 「地球に優しく」などと口々に言いながら右往左往している現代社会に窒息しそうです。
 洞爺湖サミットに流氷を展示するために、エネルギーを使って何故貯蔵するのですか?
 バイオ燃料の開発をこれ以上何故海に求めようとするのですか?
 エコ仕様の車や電器製品の開発が本当にエコですか?
 呼吸困難になっている地上を、もっともっとアスファルトで固めてしまう道路財団。高速道路が無ければ生きていけないと思い込んでしまっている、最も天国に近い田舎の知事さん。・・・・便利快適など嘘ですよ!
 国民全員が最低限の保障を受けるくらいの力はすでに保持している国なのに、振り分け方を失敗している政府の犠牲になっているのでは?あんなイージス艦など作らなければ善良な国民は今ごろ海で漁をしているのに。
 私たちが子どもの頃想像していた未来はこんな物だったのかと呆れてしまいます。せめて桜の咲くこの時期くらいは、のんびりとご陽気にいたいものです。
 なにもしないでいることが罪悪のように思われた時代は終ったはずなのに・・・・。

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March 10, 2008

農園デビュー

 30㎡の市民農園を5年契約で借りることになり、今日初めて農作業もどきに着手しました。夫が5m×6mの周囲を板で囲っている間、私は農具で土を耕してみました。筋肉など皆無に等しい老体にとって、その作業はかなりハードなものでした。耕せども耕せどもフカフカの土にはならず、1時間ほどでギブアップです。自家製の堆肥を混ぜ込んで置きたかったのですが、また明日ということにしました。それ以上続けると明日は起き上がれない可能性の方が大きいからです。私の体力ではやはり不起耕の自然農法がいいのですが、市民農園では無理があります。5年間はせめて有機栽培もどきで畑のキャリアを積み、それでも畑仕事が楽しければ小さな農地を取得し、のんびりと自然農法を実践することにします。今週中に堆肥を入れ込み、畝作りを済ませ、10日後位には何がしかの種を蒔きたいものです。少々身体に負担をかけることで、農耕民族のDNAが目を覚ましてくれることを期待して明日天気にな~れ!

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March 02, 2008

再生機能スイッチ持ってますか?

 夜放送で聞いたちょっと気になるフレーズ、「人間は立ち直る機能を持っている」と言う言葉に、眠気が吹っ飛んだ。あらゆる災害で木っ端微塵になった状況下からでも人は必ず立ち直っている。確かにそうだ!その時は一旦絶望の淵に立たされたにしろ、何日か、何ヶ月か、何年かすれば必ずその地には生気が戻り、人は日常を生き続けている。それが生き抜くということなのかも知れないが凄いことだと思う。60年生きてきてそれほどまでの絶望感に遭遇していない私には驚きでしかないのだが・・・。願わくばそんな体験はしないまま人生を終えたい物だが、地球規模での破滅の道を歩いている現代人に、そんな幸運は望めないかも知れない。だとすればその時こそ実力発揮の時かも知れない。焦土と化した地球上に、万が一にも生き残れたなら、その時こそこの再生機能を発揮せねばならないのだ。阪神大震災後のテント生活者に立ち直りのきっかけを作ったのが、闇の中で一人の人が歌い始めた「夕焼けこやけ」だったそうだ。歌うことでそこに居る人々の再生機能のスイッチが入ったのだろう。なんと素晴らしいことだろう。ボランティアの支援も然ることながら、自ずと湧き出てくる再生機能ほど確実なものはないはずだ。病気になって医療に頼ることも必要だが、自己免疫力が最大の治癒力となることも同様なんだろう。まだ現れてもいない予兆に一喜一憂するより、この再生機能のスイッチを自覚して居るほうがいいのかも知れない。もし自分にはそんなスイッチが見当たらなければ・・・・・インドの老人が道端で死を待つように、当たり前のように死を受け容れたいものだ。昨日、姉の家に21年間家族として生きて来た猫ちゃんが天寿を全うしたそうで、その最期の有様を姉から聞き、ふとインドの老人を想像した。死を受け容れた老人は何日間も飲食を断つのだそうだ。生きるために飲食してきた行為を断ち、静かに死を受け容れる。姉の猫ちゃんも三日前から、その日を迎えるために何も口にしなかったそうだ。姪は即身成仏だと礼賛していたが真にそうだと思う。かく在りたいと思うが凡人にはハードルが高いかも知れない。ロシアンブルーという血統書付きの品格ある猫だったので尚更羨ましくてならない。“人間”という血統書を首から提げて生きていきたいものだ。

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March 01, 2008

還暦を目前に・・・

 あと少しで正真正銘60歳になる。百歳以上の方が数万人いるらしい時に、60歳などまだヒヨコなのかもしれないが、身体は確実に年を感じさせてくる。50肩はあるし、目もかすむし、睡眠障害も、気力、体力も低下・・・・・数えれば限りが無い!「こんなはずじゃなかった!」ひっそりと悩んでいる自分を、もう一人の自分が叱咤激励する。・・・・・・・と、こんなブログを発信するのはかなり重症かな?と自覚し、打開策を必死で考え始めたらブログ更新出来なくなってしまっていた。意地っ張りな私には弱音を吐いているようでならなかったのだろう。でも、そんなこと気にしないことにした。100歳の人と比較するのは止めよう。若い人に見栄を張るのも止めよう。還暦に相応しく0歳から人生を始めるつもりで死ぬ日が来るまで生きよう!これまでは肩に力を入れ、~せねばならない病を患って来たのでちょっと辛い人生だった。だから今、50肩なのかも知れない。肩の力をすべて抜けば楽になるかも知れない。 したくない事はしない!無理はしない!特別楽しいことなど期待しない!毎日を感謝の気持ちのみで迎える!怒りは遠ざける!笑いを傍に引き付ける!鏡の前でにっこり笑って一日をスタート!夜な夜な筋肉だけは感謝の意を込め、ちょっとの刺激を与える!ざっとこんな所信声明で60歳の誕生日を迎えようと腹くくった次第です。

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February 19, 2008

千里の道も一歩から・・・・!?

 自然農法に魅せられて、田舎暮らしを!と夢のようなことばかり言っておきながら、諸事情にて断念しかかっていた野菜作りを春から始められそうです。くじ運の悪さを自覚して、市民農園の申し込みすら尻込みしていたのが、先日フラフラ歩いている途中に目に飛び込んできた農園風景に刺激され、その足で市役所の農業振興課へ直行し、申込書を提出して来ました。市民農園では自然農法はちょっと無理があることと、申し込んでも中々抽選に当たらないとの噂を信じ、頭から市民農園の道はありませんでした。やるなら畑を買って、理想的な自然農法をと意気込んでいたからです。そんな考えの甘さを、昨年の事故がふっ飛ばしました。怪我の功名とは言いませんが、畑を買った後での事故だったらと思うとぞっとします。一年間、後遺症と付き合いながら、野菜作りを気軽に考えすぎていたことに気付きました。「千里の道も一歩から」と言います。まず、畑のいろはを市民農園でしっかり学び、それでも畑に恋して居れるなら念願の田舎暮らしもありかなと・・・・。そんな殊勝な思いで申し込みをしたものの、くじ運の悪さをすっかり忘れて、気持ちは春蒔き野菜のことばかりでした。何回応募しても借りられない人が多い状況なので、諦め半分でいるはずなのが何故か、今回は必ず借りられると確信していました。その予感が的中し見事、春には5年契約で借りることが出来るようです。まだ正式な契約には至っていませんが役場の手配が付き次第、実現可能なんだそうです。高い市民税を納めてきた甲斐があったという所でしょう。以前から、ゴミ減量を兼ね、せっせと野菜くずを堆肥にしてきましたが、畑も庭も無い我が家には不要のものでした。いろんな方にお願いして使っていただいてきたのですが、昨年から引き取り手も居なくて、裏の倉庫で熟成し切っています。やっと出番が巡ってきた事を堆肥が一番喜んでいることでしょう。夏ごろには、何らかの収穫便りが出来ることを楽しみに、足腰鍛えて春を待ちます。

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February 06, 2008

母校であって父校ではない・・・

 父校・・・「ふこう」と呼ぶのはまずいので父校は存在しないのかな?今朝のラジオ番組で元夜間中学の先生をされていた松崎運之助氏が、学校の定義を話されていた中で感じたことです。「間違ってもいいのです。間違っているから学校に来ているのです。間違っていても母親は優しく許して、正すまで待っていてくれます。だから母校なんです。」 ごもっともな見解だと思います。ただ世の母親がみんなそうあるとは言えないでしょうが、概ね母親というものは子どもの味方ではあるはずです。いえ、味方でなければなりません。父親も同等ではありますが、母親ほどに理屈抜きで味方にはなっていられないはずです。出発点が父と母では違いすぎますし、母性と父性の違いもあるので仕方ないことです。何事も母親がキーポイントだと実感します。この松崎先生のお母様は、終戦後の引き上げ時にお子さんを亡くされ、その後も、女手一つで三人のお子さんを育てられた立派な方でしたようです。あの当時には、決して特別な母親像だったのではないしょうが、どんな時にもお子さんを怒ったことがなく、いつも明るく「明日は明日の風が吹く、ケセラセラ!」が口癖だったそうです。苦学の末、夜間中学の教師の職に就かれた先生の大らかさは、このお母様譲りだったことは一目瞭然です。こんな先生が待っていてくれるのなら、仕事が終った後でも学校へ行こうという気になるはずです。ましてや、行くべきはずの学校へ行く事に何のためらいがあるでしょうか。これは教師全員が母親になれと言っているのではないと思います。教師は教師です。ただ、学校自体が母親のような存在であればいいのです。すべてを大きな心で包み込んでくれる所でさえあればいいのだと思います。こうして思うと、母親とは、あれこれ手出し口出ししなくてもいい存在なのではないでしょうか。そういえば、私たちが育った頃の母親は、子どもの領分に入り込みお節介を焼く人は居なかったように記憶します。そんな暇など無かったのでしょう。お勤めなどしていなくても家事雑事に追いまくられていたようです。掃除機も洗濯機もおよそ便利な電気製品は無く、家中の物はおおむね手作りしなくてはならない状況で、一日中動き回っていたようです。私の母も、父親不在の家庭で、沢山の子どもの世話から、衣食住の大方の雑事をやっていました。今思うと、ぞっとするような働き振りでした。それでも92歳まで生きていたのが脅威です。今時ならきっと過労死しているはずです。母は強しです。ほんの半世紀前までは存在していた本物の母親が居なくなった頃から、世の中が可笑しくなってきたのかも知れません。本物の母親に育てられながら、本物の母親になれなかった我々世代の責任大です。高度成長時代の副産物が、物の豊かさに押しやられてしまった貧しい人格だとすれば何と皮肉なことでしょう。毎日の食べものさえ外国のお世話にならなければならない現状を、世の中の本物の母親は憂慮すべきでしょう。食の安全だけでなく、総ての安心安全は自己の確立なくしてあり得ません。そんな自己を育てるのは、本物の母親と、母校と言える学校の存在ではないでしょうか。何とかせんば~、日本!

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January 31, 2008

寒さの冬はおろおろ歩き・・・

 最近よく歩きます。寒さ対策は歩くことから始まるような気がしまして。そこそこの距離内なら車を使うより、徒歩または自転車の方が体内発電の効果で温まり、帰宅後もしばらくの間は暖房も不要です。こんな事は分かりきっていることですが、身支度するまでが怠け者には大変です。それでも一歩踏み出すことで解決します。 歩き始めると、北風も心地いいものです。目的地が近い時は、わざと遠回りをします。15分程歩くと、後は何時間でも歩けそうな気がしてくるのが楽しいのです。だからと言って、ジョギング目的だけで歩くのは嫌なんです。何でもいいから用事を果たせる目的地を必要とする私は、変な人かも知れません。そう言えば、認知症のお年寄りが徘徊するのは、ただおろおろ歩き回っているだけのように思っていましたが、そうではなさそうだと言っている人が居ました。きっと目的地に向って歩き始めているはずです。ただ途中でその目的地が何処だったのか忘れたり、或いは道順を思い出せない内に迷子になってしまうのかも知れません。私の長姉は、長い間寝たきりだったため、一人で立つことすら無理だった頃に、こっそりと徘徊を試みて転んだことがありました。多分姉も何処かへ行こうとしていたに違いありません。人はどんな時でも、目的地に向って歩いていたいのでしょう。でも、最近の人たちは、公園の中をただ黙々と何周も歩いたり走ったりして身体を鍛えています。それはそれでいい事ではあるのですが、何となくその光景が虚しく見えるのは私だけでしょうか?梅の花が咲き始めている公園で、そんなの関係ないとばかりに、ただ黙々と歩いているだけの人に目的地など不要なのでしょう。 宮沢賢治の詩の中に、「寒さの夏はおろおろ歩き・・・・」とありました。賢治は冷夏を心配し、おろおろ歩き回ることで大いなる自然へ祈りを捧げていたのだと思います。エコライフの一環として歩いていても、健康維持の為だけに歩いていても、そしてまた目的地があっても無くても、おろおろ歩いて春を待つのも楽しいものです。

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January 22, 2008

公序良俗・・・?って言葉

 難しい言葉みたいですが、今の日本人に一番必要な言葉かも知れません。・・・等と偉そうなこと言っているようですが、実はこの言葉を知ったのは、“漢字王”というパズルの雑誌です。あまりの寒さに、つい座り込んでテレビばかり観てる生活に飽き飽きして、何となく購入してみた雑誌です。この手の雑誌は初心者ですが、何時間でものめり込める面白さに、ハマってしまいました。漢字には、人並みに馴染みがあるものの、パソコン頼みの弊害と、老化ですっかり縮こまってしまっている脳には、電気ショック並みの刺激でした。テレビのスイッチを封印し、ラジオの音量を絞り、辞書を片手に41問を完全踏破すべく頭脳を使っていると、確実に脳が働き出す様を実感出来ます。ボケ予防にはいいかも知れないと密かに期待もします。ただ弊害もあります。没頭しすぎて家事雑事が疎かになることです。超簡単な食事と、掃除などそこそこに、ストーブの前でひたすら頭をひねっていたら、頚椎に相当な負担となったらしく、首に違和感が出てきました。合間に、首や身体のストレッチは必ず必要です。例年なら、お雛様つくりに専念し過ぎ、首を気にしているはずなのに・・・。やはりB型人間たらしむ所以でしょう。どうして首と目に負担の掛からない趣味に走らないのでしょう。 所で、タイトルの「公序良俗」という言葉ですが、何となく解かる気のする言葉ですが、パズルの中から引き出すのは少々難題でした。字の如く、公の秩序または善良の風俗を意味するそうです。どちらも単独で成り立つ言葉でしょうが、両方を合わせることにより最も強力な意味をかもし出しているようです。法で罰せられなければ守れなくなっている秩序や風俗を、今取り戻すためのスローガンに、ぴったりではないでしょうか。法の下でしか出会えないような言葉に、少々立ち止まった次第です。残りはあと21問、25日消印締め切り迄に、どこまでクリアー出来るか首の具合と相談しながら挑戦です。

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January 09, 2008

日常の難問、疑問で胃が痛い!・・・

 60年生きて来て、多くの難問・疑問に遭遇してきたが、近頃の難問・疑問ほど腹立たしい物は思い出せない。大それた事を考えている訳ではないが、政治や、司法の世界に対する疑問の多さは半端ではない。昨日判決が出た、飲酒運転により犠牲になった幼児三人の、生命に対する司法の判断はどうにも納得出来ない。当事者である幼子のご両親が、その無念さを噛み殺し、判決を受け止められていたのが、尚更理不尽さを募らせる。単なる脇見運転による業務上過失致死罪とした判決は、この車社会に於いて、ドライバーの責任回避につながる物でしかないと思えてならない。一昨年、対向車のドライバーが携帯電話に手を伸ばした瞬間、ハンドル操作を誤り、私たちの車に突っ込んできた怖い経験が、一年間もの間、対向車のドライバーを信じられず、運転席はおろか助手席にすら座れない状況を生み出した。幸いにも命にかかわる程ではなかったが、それはトラウマとなって私の人生に影響したことは事実である。ましてや、三人の愛し児を一瞬に奪われた若いご両親の人生は、誰もが容易に想像出来ないほど壮絶だったはずだ。最近、走行中に時々目を疑うような光景に出くわすことがある。車を運転しながら、携帯電話を握っているドライバーや、地図や本を広げて走っているドライバーなど、ハンドルを握って公道を走ることが即、生命に関わる事だと言う自覚が余りにも希薄すぎる。そんな状況で発生した事故は既に、業務上過失とは言えないのではないだろうか。予測可能な上での事故だと思う。それは過失ではなく、故意でしかないはずだ。ましてや飲酒してハンドルを握った時点で、既に、危険運転罪は適用可なのではなかろうか?いつから大人達は、こんなにも無責任な動物になってしまったのか。過ちは誰にでもある!ただその責務をいかに受け止め、いかに正すかでその過ちは許されるのではなかろうか?被害者より加害者に有利な法など無いほうがいい。「罪を憎んで人を憎まず」「疑わしきは罰せず」・・・その真意がどこにあるのかを、法の番人はもっと掘り下げて考えて欲しい。来年から始まる裁判制度に至っては、ここまで人格の落ちた大人たちで本当に大丈夫なの?と言いたくなる。私がもし選ばれたら、と思うだけで空恐ろしくなってしまう。くじ運のない私には関係ない等と素通りして済ませることではなさそうだ。日常の難問・疑問こそが試練の教材と捉え、学び続けなければならないだろう。それにしても、それらの何と多い時代になったものだと胃が痛む。

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January 05, 2008

ただ嘆いてばかりは居られない!

 頭の中を整理しないと色んな情報が交差し、道しるべとして受け止めているはずの情報が、余りの煩雑さに先を真っ暗に塗りつぶし始めています。こんな状況は私だけの症状でしょうか?暗いニュースは出来るだけ避けようと思っていても、番組の合間合間に流されるニュースの時間は容赦なく奈落を表現しています。お正月間は、まだおめでたいニュースも垣間見られてはいましたが、事件、事故は皆無ではありません。昨夜も、古館さんの番組をみていて感じたのですが、地球の現状をオドロオドロシク(事実ではあるのですが)報じている分はまだ許されるとしても、レポーターが未開の取材先で、現地の人に「あなた方の住んでいる所は、近い将来大変な惨事に見舞われますよ!」などと、忠告とも受け取れない進言に不快感を覚えました。電気、ガス、水道も無く、自然と同化し、明らかに幸せに暮らしている人に、そんな情報はありがた迷惑でしかありません。忠告だとしても、そこに暮らす人に逃げ出す術はないのです。そして逃げ出したいとも思わないのです。しかも、そんな残酷な状況を提供してしまった側から言えるものではないでしょう。レポーターを責めているのではなく、自分自身への怒りすら覚えました。真実を伝えてこそのメディアでしょうが、伝え切れないものを報じる場合の報道の危うさを認識して欲しいものです。文明に染まらず、自然に感謝しながら一日一日を大切に生きている人々は、私たちのように、文明にどっぷり浸かり、しかもその文明がもたらす不自然さに怯えながら生きている人間には理解できない神域があるはずです。その神域に守られているからこそ、過酷な環境でも嬉々として生きているのでしょう。あの心無いレポーターの、悪魔のささやきを聞いてしまったヒマラヤ山岳地帯の娘さんの心に、一片の恐怖心も残っていなければいいのにと願わずにいられません。引き寄せの法則ではないけれど、私たち人間の、業の深さがこんな状況を引き寄せてしまったのかも知れません。今更嘆いても遅きに逸しているかも知れないけれど、やはり「なんとかせんばあ~」と、江戸時代のエコ文化を再構築して行きたいものです。受け売りですが、江戸の文化を“縮み志向”と分析してくれたのは韓国の学者さんだそうです。「物事を小さく縮めても豊かさは縮まらない」と言うことで、日本人の生き方上手を賞賛してくれています。夏の暑さ対策の“扇子(使わないときは小さく畳めます)”、“冬場の火鉢、コタツ(セントラルヒーティングのように使っていない場所までは暖めない)”、箱膳などもその一つかも知れませんね。ちょっと違う視点で言えば、俳句がその最たるものでしょう。17文字だけで、宇宙すら表せる文学は他に無いでしょう。日本人は昔むかし、こんなにも素敵な人種だったことを思い出しましょう。それが地球を救う大きなヒントになるかも・・・。地球村の高木氏も、活動を始めた頃、「40年前に戻りましょう!」と提言していました。江戸時代までは無理でも、せめて昭和の古きよき時代辺りまでタイムスリップすべきなのでしょう。

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January 04, 2008

初詣でに行ってきました。

 大晦日に氏神様へは参拝しましたが、この三が日あまりの寒さに引きこもっていました。やっとお日様が出てくれたので、遅ればせながら大宰府天満宮へ参詣して来ました。四日目なので人出もさほど無く、世界平和の願い事も天神様に届いたと思います。帰り道、参道から少し外れた骨董品屋さんを、窓越しに覗いて目正月でもと思っていたのが、ついふらりと立ち寄ってしまいました。特別、骨董に造詣があるわけではないのに、何故か覗きたくなるのが私の悪い癖です。骨董市やがらくた市が大好きです。でも、何の知識もないので、自分なりの基準で時々買ってきてしまい、お宝には行き当たりません。今日行った骨董品屋さんのおじさんは、余程退屈していたのか、素人の私たちに骨董の講釈を丁寧にしてくれました。中でも焼き物には思い入れが深いらしく、欠けた茶碗の修復まで説明してくれました。割れた茶碗の欠片などと思っていましたが、うるしや金を施して貴重な陶器を再生する金繕いの技術はたいした物です。使い捨ての時代には、どう見ても引き合わないような気がしますが、年代物の修復がいかに大事な技であるかを認識させられました。そのおじさんは、そんな修復の技を教える教室もやっているそうで、B型人間の私としては大いに興味深々でした。これも何かのご縁と、入門したかったのをぐっと我慢して、唐津焼きの箸置きを5客購入しただけで帰って来ました。帰路の電車の中でよくよく考えたら、そんな技術を習いに通ったところで、我が家には金繕いするような陶器など無いことに気付き、教室の申し込みをしなかったことに胸を撫で下ろしました。今日の教訓は、“何でも興味を持つのはいいが、すぐに飛びつくのは良くない。”ということでした。購入した箸置きはなかなか?の物です。早速今夜の夕餉に並べ、ちょっと豊かな食卓にしたいと思っています。

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January 03, 2008

引き寄せの法則

 年末に購入した「偉大なる秘密」で知った引き寄せの法則が、新年早々舞い込んで来ました。地球村通信の高木善之氏の年頭の言葉が、「幸せのたね・素敵な年を引き寄せよう」でした。年末、この法則を実践して、事故の後遺症である車恐怖症を一日で克服した私には更なる引き寄せでした。 通信の中から抜粋してみます。“人間には他の動物にはない超能力があります。それは夢を持つ能力と、実現させる能力です。・・・*海を渡りたいから船を作った。*空を飛びたいから飛行機を・・*戦いに勝ちたいから武器を・・*更に勝ちたいから核兵器を・・*宇宙に出たい、月に行きたい・・ロケットを・・*楽をしたいから電気製品や自動車を作った。・・・しかし、不自然な夢を実現すれば、自然が破壊され、自分だけの幸せを追えば、皆の幸せを失い、幸せのようなものを求めれば、本当の幸せを失い、今さえよければと思うと未来を失う。”いかがですか?こうして人間は成長?してきたのです。そして、この成長の上にあぐらをかいているだけの人間が増大することによって、地球に大きな犠牲をもたらしたのです。2008年は、見識あるはずの大人達が、こぞって本物を追求しなければならない年ではないでしょうか。そうは言っても、個人レベルが幸せでなければ世界平和は実現しません。まず私たち大人が本物の幸せを吟味し、手に入れることが先決です。その為には、「偉大なる秘密」によって明かされた方法を実践することです。それは思考回路を、超ポジティブにする事だそうです。例えば、病気で苦しんでいる人は、「病気が治ります」とイメージするのでは駄目なんです。「元気!健康!溌剌!・・・」等と超ポジティブな言葉を発して、尚且つ、健康な肉体を想像し感謝することが大切なのだそうです。現実の嫌な状況をしっかり抱え込んで嘆いていると、更なる嘆きの種を引き寄せてしまいます。くわばら!くわばら!私も車恐怖症を克服した日は、前日から車の中で鼻歌交じりに楽しくドライブしているイメージをし、「事故はいや!」ではなく、「安全、スムーズ、快調」と言葉にしました。それだけで、本当に一年前の事故以来、運転はおろか、助手席にも座れず、車の中で硬直していたのが嘘のように楽しくドライブ出来たのです。単純なのね!と思われるかも知れませんが、単純でいいではありませんか。耳に辛い事件や事故のニュースで人は元気になれません。いい話、嬉しいニュースで人は幸せになれるのだと思います。いい事ばかりの記事を集めた新聞を発行する新聞社があれば、購読したいものです。とにかく、欲しい物を超ポジティブに想像し、手に入れた喜びを想像し心から感謝の念を抱ければ、それでOK!です。幸せになりたい方は是非お試し下さい。くらぐれも疑心暗鬼な心は捨て、究極の幸せは宇宙規模の平和志向であることをお忘れなく!

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January 02, 2008

門松は冥土の旅の一里塚・・・・

 めでたくもあり めでたくもなし・・・団塊世代と言われる私たちが、運よく人生の折り返し点まで生き延びてきたことはめでたいことなのでしょう。ただ、敗戦後の混乱期に受けた教育は、あまりにも人間本位のもので、地球に優しいなどと言った高等のものではなかった事から来る弊害を思うと、めでたくもなしなのです。 しつこいようですが、子ども地球会議での、子どもからのメッセージ、「地球をこんなに壊してきた大人達へ、修復出来ないのなら、せめてこれ以上壊すのはやめて下さい。」を、天の声として真摯に受け止めるべきでしょう。 肩肘張らず、地球に優しい生き方を、すんなりとやれる大人を目指し、新年をスタートしたいものです。すべての大人達が、世の中の真実をしっかり見極め、怪しげな情報に踊らされること無く旅を続けなくてはなりません。その為には、死滅し続けている脳細胞を嘆いてばかりではなく、新たなる細胞の出現を促す生き方が問われているようです。冥土に辿り着くまでの旅すがら、せめてもの償いを地球に捧げていきましょう。

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December 30, 2007

ラジオから幸せ波動~!

 ラジオを聴きながら、おせち料理を作っています。夕方頃の、年末特集番組で謎掛け問答をやっていました。そこに応募してきた小学3年生の男の子の頓知に驚いていると、何とその男の子の父親は、普段からこの番組の常連さんで、親子で謎掛けを楽しんでいるそうです。因みに、「お母さんはやらないのですか?」の問いかけに、謙遜しもって電話口で披露したお母さんの問答がすこぶる上等で、一日の疲れも吹っ飛びました。小学生とは思えないセンスの良さは、常連さんの父親譲りと思いきや、母親のセンスも飛びっきりのもので、さすがだなあ!と感心しきりです。しかも、続いて司会者が、今日の番組のテーマである、「あなたが一番守りたいものは・・・?」の問いかけに、ご両親は二人とも「家族」と即答されたのに対し、息子さんは「地球です」ときっぱり言い切っていたことに再度感心です。“この親にしてこの子あり!”この家族の風景が見えたような気がしました。昨今、核家族化の弊害などと取り沙汰されている時に、こんな爽やかな家族が存在すること自体、日本の未来はまだまだ大丈夫!と思えるひと時でした。年末の慌ただしい台所に、幸せな波動を運んでくれたご家族と、ラジオに感謝しつつ、今年のブログを締めくくれることは最高の幸せです。世界中にこの波動が届きますように・・・・!

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December 24, 2007

信じるものは・・・・

 幸せ談義の余韻覚めやらぬ内に届いた、ロンダ・バーン著「ザ・シークレット」を読んでいて実感したことがあります。これは大いなる宇宙の“引き寄せの法則”を事細かに手ほどきしてくれる、幸せの手引書みたいなものです。心で思うことは必ず現実となって現れるのが、この法則と言うわけです。だからポジティブ思考が必須になるわけです。そしてまず、今一番欲しい物を頭に描きなさいと言う問いかけに、じっくり考えてはみましたが、思い浮かばないのです。何一つ!お金でもないし?、品物に至っては全く浮かんできません。余程、私の欲望は枯れ果ててしまったんだな~!と少々気落ちするほどです。そこで、物ではなく、今私の一番の問題点である、車恐怖症の克服にそれを当てはめてみました。引き寄せたいものを頭で描く時、間違っても打ち消しの言葉で思いを巡らしてはいけないとのこと、つまり『事故に遭いませんように!」では駄目なんです。ストレートに「安全!、快適!」でいいのです。そして頭の中で、ルンルン気分で車に乗って移動しているシュミレーションをするのです。すると何と、あれ程対向車に恐怖感を抱き、運転はおろか助手席にすら座れなかったのに、今日の遠出は真にルンルンでした。思いが現れる!ことを実感しました。元来心配性の私は、何度も事故に遭遇しています。つまり、私の思いが、事故を引き寄せていたことになるのでしょう。体調不良も然りです。健康お宅であるにも関わらず、常に不調だったのもその表れだったかも知れません。性格だからと諦めていたことが、すでに宇宙の法則に反していたのです。私のDNAを受け継いだ子孫には是非ともこの法則を伝えなくてはと思いながら、この忙しい年末に何度も読み返しているところです。私のように単純(素直)な方は是非この本をお奨めします。お金でも、品物でも、健康でも
何でも、正しく思い描ければ手に入るそうですよ。信じるものは・・・・ですけれど。

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December 20, 2007

しあわせ談義

 昨日、何気なくテレビを見ていて、耳に入ってきた言葉があります。「幸せのレベルを下げれば、幸せが手に入る」。お笑い芸人の麒麟さんと言う方の言葉です。中学生の時のホームレス経験を本にして脚光を浴びているそうです。テレビで、佐賀のがばいばあちゃん顔負けの体験談を語っている若者が、哲学者のように見えました。生きていれば色んなことがあるのはわかっていても、辛いことが押し寄せてくるとつい、人を羨んだり、自分自身をさげすんだりするものですが、その方は、父親の「今日でこの家族は解散!」宣言の直後捨てられ、兄弟三人だけの、公園でのホームレス生活が始まったそうです。幸い、親切な方のお世話になり夏休み中だけだったようですが、パン一つ買うお金も無く、鳩の餌を貰って食べたり、ひどい時には落ちているダンボールをかじったこともあったそうです。すべて公園の中で用を済ませていた時、洗剤の有り難さ、お風呂の有り難さを痛感したそうです。ある日、道で出会った友達に事情を聞かれ、その友達が気の毒に思い、家に連れて行ってくれ、温かいご飯とお風呂を頂いた時、最高の幸福感を味わったそうです。ご飯も、お風呂も毎日頂いていながら、それで幸せ!などと普通思えませんよね。でも幸せ!と思えるのです。私も以前、娘がうつ病になり苦しんでいる時、ある日「お母さん、私もお風呂に入る!」といってくれた時、「ご飯がおいしい!」と笑ってくれた時、飛び上がりたいくらい幸せだったことを思い出しました。私のような凡人は、当たり前のことを幸せと感じ、感謝するには、それ相当のかん難辛苦が必要だったのでしょう。そんな思いをしない限り、感謝出来ないほど傲慢になっていたようです。でも、麒麟さんの偉いところは、「幸せのレベルを下げれば幸せが近づいてくる」ことがわかったのは、親がこんな状況を与えてくれたからだと気付き、その場で親に感謝出来たそうです。これこそが、真理なのだと思います。私如きは60歳近くにもなり、しかも娘の病気によってしか気付かなかったことを、中学生で体得した麒麟さんに深く感銘を受けました。田村裕著“ホームレス中学生”、さっそく購入しました。大急ぎで読み、中学生の孫へのクリスマスプレゼントに間に合わせたいと姑息なことを考えているところです。それから、幸せのレベルを下げても、決して幸せ自体のレベルは下がりません。それどころか究極の幸せを感じられるはずです。幸せとはそんなものではないでしょうか?どこかの偉い哲学者が言った名言に、“幸せは、幸せを求めている時がすでに幸せ”とかいう言葉があったような?気もします。

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December 17, 2007

年の瀬の心模様

 毎月、地球村通信を受け取るたびに、心が“ず~ん”となります。私が、高木善之氏の情報を最初に受け取って10年近く経ちました。当時のショックはいまだに尾を引き、心が“ず~ん”としか言えない語彙の乏しさを憂います。 「すべての生物は、命をつなぐために必要なことをしているだけです。人間だけが、余計なことをして、環境を破壊したり、他の生物を絶滅させたり、自分自身を滅ぼしているのです。」今月の通信からの抜粋ですが、やはり“ず~ん”でした。人間さえ誕生しなければ、地球はこんなにも傷つかなかっただろうと、容易に想像できます。だから天罰として、自滅の道を歩かされているなどとは思いたくありません。それなのに、地球環境の問題だけは、何故か他人事のように通り過ぎて欲しいなんて思ってはいませんか?或いは、私一人が頑張っても及ばぬことなどと、さっさと諦めたりしていませんか?・・・・・自問自答してみると、心が“ず~ん”としてしまいます。 更に続けますが、割り箸から、シベリアの森の中の一本の白樺の運命を想像したり、台所の片隅に買い置きされて、忘れられているツナ罐から、漁獲規制によって苦しめられている現地の漁師さん達、タイの缶詰工場で一日400円で働いている人達のことを知らされたり、食料自給率40㌫の日本人が、一日に廃棄している食料が3000万人分と言う恐ろしい現実、それなのに、世界中では8億人以上の人々が飢餓状態にあって、年間1000万人が餓死している矛盾、そしてまた、読まれずに捨てられるチラシやダイレクトメールに使われている紙や、流行が去って見捨てられた衣類が、ほんの少し前までは木だったり、綿花だったりと確実に命の形跡を思い出させられたり・・・・・と通信は、恐ろしい真実をさり気なく伝えてきます。心に響く情報に、もっともっと反応しなければと反省しつつ迎える年末の心模様でした。

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December 12, 2007

人の為なのに・・・・

 仏教界では、「嘘も方便」と言って、人の為をおもんばかって、止む無く出た嘘は許されるそうです。人の為と書いて“偽”なんです。今年の漢字の“偽”もほんの少しでもそんな意味が含まれていれば、まだ救われるはずだと検証してみたけれど、そんな筈ないですね。みんな、自分勝手な了見から出た“いつわり”ばかりでした。そう思うと今年の漢字は“偽”ではなく、“嘘”とか、“欺”になって欲しかったと勝手に思っています。世の中に本物と偽者があるとしても、それは判断する側から見た場合の、本物であったり偽者であったりするからです。もっと厳しく言えば、今どき本物なんてあるかしらと思う時、本物、偽者という言葉に過剰反応するのです。町中に溢れかえっている商品を、何の疑いも無くすんなりと買える状況のなんと少ない事でしょう。衣食住総てに、本物のレッテルを貼ることの難しさを感じるのは、もしかしたら私自身が本物でないからかも知れません。本物とは何と神聖で、尊いものでしょう。そのことを思い出さないといけませんね。
 
 

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December 06, 2007

“化石賞”は妥当かも・・・

 バリ島で開催されたCOP13に於いて、民間活動団体CANから日本に与えられた“化石賞”(環境対策に最も後ろ向きだった国)に対しての、町村官房長官の反論に大いなる温度差を感じた。町村氏の思いは、日本の環境対策に貢献する様々な技術面を掲げて反論されたのだろうが、技術がいくら進んでいても、そこに住む私たち日本人の意識の問題に於いては、甘んじて受けざるを得ないのではなかろうか。アマゾンの乱開発や、中国大陸の目覚しい発展に伴う環境汚染など憂慮すべきことばかりだが、そんなことは戦後の日本がとっくにやって来た事ばかりではないだろうか。その結果、これだけ便利快適な国になり、私たちはぬくぬくと生活が出来ているにも関わらず、もっと、もっとと便利快適を求め続け、心底地球の悲鳴を聞こうとしていない。これこそ環境問題に対して化石化していると言われる所以だと思う。私たち国民総ての意識としての甘さを実感すれば、町村氏だけを糾弾するつもりはないが、官房長官としてのコメントに、尚更日本の意識の低さを感じ、恥ずかしさも感じたものだから・・・。
 テロ対策も重要だろうが、地球にとっては私たち人間の行為そのものがテロなのだと認識して頂きたいものだ。
 そして、遅まきながらでもヨーロッパ各国の環境対策を見習う法案で国会審議が白熱することを願って止まない。

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December 01, 2007

一年の計は十二月にあり!

 毎年やって来る12月は、「この一ヶ月で一年のツケを返さないと新年がやって来ない~!」めいた、あせりの想念に追われる月だったようです。今年もその感が無きにしも非ずではありますが、年とともにあたふた感は減少傾向になって来てはいます。じたばたしても、しなくても新年はやって来たという長年の学習の果ての心境でしょう。 来るべき“子年”は、私が生を受けて以来、五回目の干支なのです。白ネズミは家宝をもたらすなどと言われていますが、どぶネズミとまでは卑下しないまでも、私はただの家ネズミのようです。それでも三人の子宝と六人の孫にまで恵まれ、子孫の繁栄に少しは寄与したかな?と自負しています。国家財産となるような子孫では決してないのが面目ない所ではあるのですが、こればかりは今更どうしようもありません。これでよし!とすることで、来年は五度目の年女になれそうです。せっかく生まれて来たのだから、生涯に十回くらいは年女を経験してみたいなどと欲深く思いながら、身辺のお清めだけは済ませておきたいところです。十一月は“ケ”の月だったので、今日から心機一転、日々是好日なりと過ごしていく所存です。一年の計は十二月にありかも知れません。

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November 24, 2007

11月は “ケ” の月だったかも・・・

 思い起こせば一年前の11月18日、思い出すのもおぞましい、対向車線から車が突っ込んできた日でした。やっと一年が経ち、心身共に後遺症が薄れ行く中でも、時々ですが、ふっ~と奈落の底あたりまで落ち込むことがあるのです。それが我が家の“ケ”の日なのです。そんな日はじっと頭を垂れ、数日間過ぎ去るのを待つのです。所が今月の“ケ”の日は何日たっても過ぎ去っていかないのです。次々と違う形の“ケ”を伴って居座っているのです。最初にやって来たのが11月14日で、今日に至るまで一日たりともお帰りになる兆しがありません。夫共々風邪のウイルスを囲い、延々10日間もの攻防を続けています。その間私に至っては、持病の頚椎ヘルニアまで引きずり込んでしまう念のいり様です。こんな時はいっそのこと、咳止め、鼻水止め、痛み止め、体力増強剤、etc・・・・みんな味方にしてしまえばいいようなものを、意固地な私はそれが出来ません。自力で治すことを最高の美徳と思い込んでいる人間なので何とも致しかたありません。高熱は大量の水を飲むことで何とかクリアーしたものの、体内に入り込んでしまった風邪菌を無力化することに精力を費やしています。生姜、大蒜、韮、葱、蓮根、大根、柚子、蜂蜜・・・思いつくもの何でも食材にして身体の中の風邪菌対策にしました。それなのにこの様は、それらの食材には最早、かつての効力はないのかも知れないと思ったり、それとも、最悪のシナリオは、私たちの身体が救いようのないほど年のせいで、これ等の効力が現れるのに相当の時間がかかるのか、どちらかでしょう。そんなこんなで、半月もの間二人して、紅葉はテレビの画面で楽しんでいます。何とかこの“ケ”を蹴散らして、人並みに師走を突っ走って“ハレ”の正月を迎えたい物です。ちなみに、11月9日は私たちの38回目の結婚記念日だったようです。11月が“ケ”の月だったのは、もしかしたら38年前からだったのかも~!いえ、これはあくまでも冗談です。

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November 03, 2007

人間の不幸は文明から~!

 “馬鹿の壁”の養老猛志氏と、“百万本のバラ”の加藤登紀子さんの対談をテレビで見ました。さすがハイレベルな思考をされるお二人だけあって面白かったですよ。養老氏のことは何一つ知らないと言うより、何だか難しいことを研究されている学者さんとばかり思って、“馬鹿の壁”がベストセラーになった時も本屋へは行っていません。 これが先入観というものでしょう。対談を聞いて、お二人とも限りなく自然体の人であることが感じられました。 「人間の不幸は文明から、幸福は自然から与えられる」・・・この言葉に、もやもやしている人総てが納得するのではないでしょうか。現代人は、思考と感覚が分離してしまっているので、ちょっとした事にもつまずいてしまうのかも知れません。文明の発達が人類の感覚を麻痺させてしまったのでしょう。 腐った物の見分けもつかない人間、善悪の基準すら忘れてしまった人間、だいそれた事ばかりを珍重し地道ということを無視してしまった人間、こんな人間ばかりの世界に、平和も共存もあり得ないのではと恐ろしくなります。赤じゅうたんの砦で、天下国家を論じているお歴々には是非とも、養老氏の真意を理解し、思考転換して頂きたいものです。 人が行き詰った時、真っ暗闇の世界に迷い込んだ時どうするか・・・?・・養老氏はどん底の底を掘れ! 登紀子さんは真っ暗闇の中へ向って自分自身を光に変えて突き進み闇を照らす! のだそうです。これって、理想の父親と母親の姿だとは思いませんか?男と女のあるべき姿のように思えました。世間の話題が、つまらない事ばかりが蔓延している昨今ですので、ちょっとした清涼飲料が喉を通って行くような朝の対談でした。そして、私には少々難解かもしれない養老氏の著書をこの際読んでみようかなと思った次第です。 (追記)養老氏がさりげなく言われていた言葉・・・『自分が意識している自分でありたい!』

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October 28, 2007

永続不可能の構図

 近頃騒がれている食の安全について一言!どこかのお土産やさんで問題になっている事は論外として、賞味期限なるものには少々問題提起したい年代なんです。食べられる期間を賞味期限だとすれば、店頭から廃棄処分される食品の量はぐっと減るはずです。“モッタイナイ”の視点からも、そして自給率40%しかない日本に於いて、まだ食べられるのに廃棄するのは大問題だとは思いませんか?確かに流動性のある消費者相手に、食を提供するとなれば、様々な制約や条件を提示しないととんでもない事になるだろうから、賞味期限の設定は必要なんでしょうが、それにしても手軽に買えるお弁当などが、数時間経過する度に廃棄処分されていると聞き驚きです。他にも生鮮食品のそう言ったルールはかなりのものだと思います。私の子ども達も、我が家の冷蔵庫を開けて「これ賞味期限切れてるよ!」と余計なお世話を焼くことが多々あります。そんな時は、「そんな事に気を使うくらいなら食品添加物の能書きの方をちゃんと見なさい」と私は言い返します。食の安全とは一体何を指しているのでしょう。消費者の身の安全を本当に気遣ってくれているのなら、不安一杯の添加物を使わない商品作りに専心して欲しいものです。そして、我々消費者も少しは気を使って、“先入れ先出し”を守って買い物したい物ですね。陳列台の商品の中から、製造年月日の新しい物をまさぐって買うのはいけませんよ。古いものが売れ残ったら廃棄処分なんですよ。もったいな~い!今話題のおみやげやさんも最初は“もったいない”の観点からだったのでしょうが、欲深くなりすぎたのでしょう。何事も身の丈に応じたことをやっていれば何て事無いのにね!やはり経済優先だと永続は不可能なんですね。

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October 17, 2007

背中丸めて針仕事

 やっと涼しくなったので、押入れの中から小布を引っ張り出し、手仕事を始めてしまっています。いつもはもっと寒くなって始めるのですが、年のせいでせっかちになったのか、或いは、猛暑のせいで死んだ振りをして長いこと何もしなかった反動からか、一気に創作意欲が湧き上がってきています。事故の後遺症の腰痛もあまり気にならず、坐ったきり老人のように黙々と針を動かしていると一日が短く思えてきます。事故以前に通っていた太極拳や山歩きも再開したいのだけど、今は針仕事が一番楽しいのでそれに没頭。老眼鏡も新しく作り替えたし、首の持病も最近は忘れているし、暑くもなく、寒くもないこの時期に、好きなラジオを聴きながら、チクチク針を動かすときが至福の時間なのだと痛感します。これも一種の老化現象なのかなあ~?そういえば最近では、テレビの旅番組を見ながら「行って見たいなあ!」と思っていても、見終わったとたん、まるでもう行ったような気になってしまい、行ってみたいという気分は消滅しています。グルメ番組を見ても、いざ食事時になると“玄米ごはんと味噌と少しの野菜を食べ・・・”で充分満足できるのです。やっぱり老化していますね!それでも楽しいのだから、もしかしたら年を重ねることは楽しいことなのかも知れませんね。明日も老眼に鞭打って、針仕事楽しみま~す。
 

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September 22, 2007

まだまだ・・・ですなあ!

 どよ~んとした空気が家中に充満し、息苦しくてならない。気持ちのすれ違いとか、口論の果てという状況などないのに、2~3日前から部屋の空気が重たくてならない。原因はわかっている。空気のような存在の、でも決して“空”ではなく、そこには必ず居るというだけの人間と同じ空間に長い間一緒に居ると、時々こうなってしまうのだ。 私自身が、ケ(日常)の日の連続をこんな風に捉えている内はまだまだ未熟としか言えない。死ぬまでケの日が続いても、和顔愛語を貫き通す度量の大きさを何とか手に入れなければ、一生どよ~んとした空気を吸って呼吸困難で死を迎えるかも知れない。でも、こんなことを思っているのはいつも私だけで、相棒はなあ~んにも感じていないのも現実。こんな私のデリカシーを、38年も連れ添って来たのに全く感知できない鈍感さにも腹が立ち、事態は悪方向へと向ってしまうのだ。でも、こうして責任転嫁してしまう自分自身が、本当は一番いじましく思え、余計こじれてしまう現実。わかっちゃいるけど、どうにもならないまま数日が無為に過ぎてしまった。 最近では私も少しだけ上等になり、こんな空気汚染は滅多になかったのに、酷暑に負けてしまったのだろうか? 暑さ寒さも彼岸まで・・・を信じ、暑さにじっと耐え、ひっそりとこの夏を過ごしてきたのに、エンドレスサマーか?と言いたくなる様な毎日に、無気力、無感動が染み付いてしまい、欲求不満になっているのかも知れない。とどのつまりは、やっぱり身から出たサビでしかない。 明日はお彼岸のお中日、25日はお月見。待ちに待ったハレの日がやって来る。この機を逃さず部屋の空気を入れ替えよう!小豆を煮て、お萩をどっさり作って晴れの日を過ごすことにしよう。

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September 21, 2007

緑のカーテン大活躍!

 我が家を始めて訪れる人に道順を語るとき、必ず「蔦の絡まる幽霊屋敷です」と伝えます。“屋敷”とは云い難い小さな家ではありますが、道に面した窓にうっそうと垂れ下がるアイビーが我が家のトレードマークです。通りがかりの方から何度も、「こんな蔦を家中に這わせるのは良くないですよ」と言われ続け、ちょっと弱気になって東側のアイビーを刈り込んだ為、幽霊は出てきません。でも今年の夏は、刈り込んだことを後悔しました。朝日のさんさんと当たる東側だけはすっきりと刈り込んでもいいかなとは思ったのですが、よくよく考えると朝日なんてものは我が家には縁のないものだったのです。ほんまもんの朝日は東側に君臨するマンションや家並みに奪われて、朝日と思っていたのは実は昼間の太陽だったみたいです。東側から差し込む朝日もどきの日差しの強さに今年の夏は泣きました。午前中はずっと部屋のカーテンを引きっ放して暗い部屋で我慢するのが唯一の暑さ対策でした。来年の夏は地べたを這いずっているアイビーに精いっぱい伸びてもらって、「緑のカーテン」になってもらうつもりです。南側の窓には幾重にも緑の葉を茂らせて貰っているので、気分的にも涼やかで快適でした。一番辛い西日の当たる側面には、ジャスミンがびっしり這いずってくれています。西側は滅多に足を踏み入れない為に、肥料不足、水不足のためか、春先の花はお世辞にも愛でられたものではありませんが、つるの伸び具合や葉の緑は見事なものです。今も、午後の西日の真っ最中ですが西側の窓は緑のカーテンで凉けき状態です。建ぺい率100パーセントに近い住環境なので、庭の緑と言える物は、すべて壁に張り付いた状態のつる性植物なのです。他には朝鮮朝顔という大きな葉をもつ朝顔がアイビーにかぶさる様に蔓延っています。でも今年は花の数が少なかったので、これも手入れ不足かと反省していたら、今朝のラジオから「今年は朝顔の花数が少なかった」という言葉にちょっと救われたところです。これ等つる性の植物は根性があるようで、肥料不足とか水不足ごときでは弱りません。だから我が家でも蔓延ってこれたのです。そう云えば玉村豊男氏のぶどう談義でも書いていました。ぶどうの根は、枯れ果てた大地でも水を求めて地下茎がどこまでも延びて行くのだそうです。ぶどうもつる性ですよね!我が家のつるさんは、実りもなければ花も咲かず、緑だけが取り柄ではありますが、亜熱帯化しつつある日本のエコハウスには欠かせない貴重品と言えそうです。来年の夏に向けてどの家でも緑のカーテンの準備をされた方がいいのではないでしょうか。ちなみにつるは地面に長く延びたものは壁には這わせにくいのだそうです。20~30cmくらいで立ち上げてやると壁に張り付いてくれます。モルタル壁の隙間にでも入っていく根性があるので家には良くないと言われるのだと思います。見つけ次第引っこ抜いてやれば軌道修正してくれます。時々見渡すだけで、ことさら水遣りだの肥料だの気遣い不要です。でも今年はしっかり感謝し愛でて上げたいものです。

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September 15, 2007

暑さからの連鎖

 暑さ寒さも彼岸まで~と言われているので、この暑さもあと一週間だと思えば我慢もできるが、“本当かいな”? 「異常気象かもしれない」などと、安易な言い方でメディアは報じているが、そんなんでいいのかな~!我が家は古いけれど一軒家なので、何とかクーラー未使用でこの夏も過ごしたけれど、お隣の木造二階建てのアパートから24時間聞こえるクーラーのモーター音には悩まされる。熱風が確実に我が家に吹き込んでくるのを想像しただけで暑い!14階建てのマンションや4~5軒先のスーパーからも確実に熱風が吐き出されている。大都会はもっと凄いことになっているはず。日本列島がクーラーの室外機から放出される熱風でこんがり焼きあがってしまうのではないだろうかと心配になる。こんな時には、木々の茂った山あいにさえも涼やかさを想像できない。ましてや屋根無しの駐車場に停めている車を動かし、涼を求めて走る気にもならない。車が走ればその分外気温が上がる。せめて用のない年寄り共くらい家でじっと耐え、エネルギーの節約に努めねばと。そんな殊勝な思いで生活をしていると、運動不足になりそうで、あれこれ筋肉増強に努めていたら、増強する前に筋肉痛の方が先にやってきた。“年寄りの冷や水”と言うのだろう。“冷や水症候群”とか言う病気が最近あるらしいが、まさにこの状況かもしれない。生涯自立を目差して、あれこれ身体にいいことやるのは大切だが、つい気負ってしまい、やり過ぎると逆効果になる病気なのだとか。嘘のような本当の病名です。私のようなB型人間は要注意だと思っていた矢先、首に違和感!思い起こせば2~3日前に始めた簡単腕立て伏せで、腕の筋肉が増強する前に、肩や頚椎に強力なダメージがあったらしく、首が痛い!やはりこんな夏日は何もしないでじっとしている省エネ生活がベストなのだろう。  暑い!は天に唾吐くような繰言なので彼岸までは辛抱しよう。 痛い!は自業自得なのでじっと耐えるしかない。 11号台風が通り過ぎる頃には、どちらも治まってくれることを願って止まない。

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September 12, 2007

ハレとケ?

 <strong>玉村氏著の“日常の極楽”の中に、ハレとケについて書かれている。晴れの日というのはこのハレから来ているというのは分かるが、ケは聞きなれない。穢れ(けがれ)のケかな?と思いきやその通りだった。ただ、いわゆる汚らわしいの穢れではないようだ。ハレとは、非日常的な状態で、ケとは日常的な状態のことらしい。来る日も来る日も同じことの繰り返しが日常とすれば、飽きっぽい人間はストレスが溜まるはず、この状態をケが枯れた状態なのでケガレと言う。その穢れを払うためにハレの日があるらしい。一週間の内では日曜日がハレの日だろう。一ヶ月の内では、一日と十五日の小豆ご飯を炊く日だろう。一年の内では、盆、正月なのだろう。そのハレの日に、ご馳走を食べたり、酒を飲んだりして日常の憂さを払ってきたのが日本人の慣習となったようだ。所が、昨今では日常的にご馳走を飲み食いしているので、ハレの日という感覚が薄れてきたのだろう。また、ご馳走の定義から言えば、大昔は食材を手に入れるには走り回らなければならなかったので“ご馳走”と言ったらしいが、今はその辺のスーパーで何でも揃うので走り回る必要もなく、本来の“ご馳走”は食卓から姿を消してしまった。一年の最高のハレの日であるお正月の御せち料理さえもはやご馳走とは感じなくなってしまった。以前何かの本で読んだのだが、昔のお百姓さんは月に二度(一日と十五日)の小豆ご飯と野菜の煮物がご馳走で、普段は麦飯にもろみや漬物だけで農作業を元気にこなしていたらしい。一日30品目摂取などと云うたわ言など関係なく元気だったから凄い!野良仕事でお腹がすくと粗食でも美味しいと感じ、身体がそれに応えていたのかもしれない。食が豊かと言うことが即安泰とは云えないようだ。因みに虚食という定義は「邪欲、嗜好を満足させる放漫な食事」なのだそうだ。話がそれそうなのでハレとケに戻し、今の我が家にハレの日とケの日は存在するのか考えてみた。毎日が日曜状態なので毎日ハレの日とも言えるし、かと言って毎日お祭りのようなことは一切ない。特に私はお祭りが大嫌いなのだ、と言うより、特別なことを面倒くさいと感じる性質なので、日常が永遠に続いてもいいとさえ思っている。まぁ、そんな事はあり得ない事だが。30年近く住んで来た古ぼけた家に、愛着と感謝の意を持ち、せっせと清めながら暮らすことが楽しい。欲を言えば周囲の景色がもう少しのどかなら申し分ない。ビルの谷間の喧騒の中に居るとケツ!と思ってしまう。だから我が家の日常はケの日なのかも。それはこじつけとしても、ハレの日とケの日のけじめを付けながらご先祖さまの生き様を見習って生きていったほうがいいような気分になって来た。そういった状態が極楽と言えば極楽なのかも知れない。なんだか極楽に遭遇したような得した気分になったような、ならないような、ハレとケの効用でした。

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September 11, 2007

投稿再開

 6月22日以来、今日まで本当にだらだらと過ごしてきました。記録的な暑さのせいもあったけど、「~しなければ」と言う脅迫観念を捨て、気持ちと身体の赴くままの2ヶ月半でした。途中で少しは「こんなんでいいのかなぁ~」などと後ろめたく思うこともあるにはあったけど、概ね怠惰な過ごし方を通せました。お陰で事故の後遺症もすっかり影を潜め、心身共に元気になったようです。待ちに待った秋風を朝夕肌に感じるようになり、持病の神経痛などがちらほら出始めてはいるけれど、寄る年並みと思えば何てことありません。ちょっと前の本ですが、玉村豊男氏の著書を何冊か読んで、心境新たにしたところです。“有悠無憂”というタイトルのエッセイなど興味深々でした。「ゆとりあれば憂いなし」なんです。「今日出来ることは、明日に延ばせ」とか、「老後の楽しみは病気自慢だ」とか、究極は、「人生の目的は ただ人生を過ごすこと」などなど、痛快なエッセイでした。玉さんのように、才能もあり、財力もあり、持病もあり、人生設計も完璧そうな人が書いているのに、そこら辺は全く邪魔していなく痛快でした。しかも思考回路は随分違うけれど、感覚のようなものがちょっと自分に似ているなと感じたのでハマってしまいました。 これまでは「今日を切に生きる」などと粋がって生きてきたけれど、振り返れば何てことはなく、ただ死なずに生きてきただけさ!とさらりと言える、お気楽人になれそうです。そうしたら朝が待ち遠しくて、今日がなんとなく楽しいんです。ほんの少しのゆとりさえ手に入れれば、憂うことなど無くなるのですね。

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June 22, 2007

ろうそくの灯りに映ったこと

 「この年になって新しいことを一つ始めるよりも、これまで漫然とやってきた事を一つ止める事の方が地球のためにはいいのかも知れない。」キャンドルナイトの今夜、ロウソクの灯りのもとでふと思った。新しいことに挑戦することが元気な老後の証だと、いつの頃からか自分自身の意識に刷り込んできたようだ。そんな刷り込みに踊らされて、右往左往している自分が薄暗いロウソクの灯りの中ではっきり見えた。じゃあ一体何を止めればいいのか考えてみると、漫然とやってきた事のなんと数の多いこと。一つと言わず、止めたほうがいいような事がいっぱい浮かんでくる。私をよく知っている人なら「やっと気付いたの?」と拍手喝采するかも知れない。事ほど左様に、何でもすぐ飛びつくB型人間なのだ。それが功を奏しているならまだしも、取り立てて何の役にも立ってないことの方が多いのだから、さっさと止めたほうがいいに決まっている。キャンドルナイトの今夜、ロウソクの灯りが教えてくれたこの指針に従えば、明日からのエコライフも快適になるやも知れない。そんな訳でこのブログは、当分休止することになるだろう。何故なら、止めたほうがいい物を考えていた時に、真っ先に浮かんだのがこのブログだった。まあ他にも止めたほうがいいような事は一杯考え付いたけど、一番に浮かんできたことに対してはちょっとショックではあったが、いつの日にかもっとお役に立てることを発信できるようになれば再開もあるだろうし、と言うことで暫く新規投稿は無し。病気でも死んだわけでもないのでご安心下さい。悪しからず(^^ゞ ご愛読に感謝いたします。

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May 30, 2007

五月病

 爽やかなる五月にも関わらず、押し寄せる家事に少々疲れが溜まって来ました。竹の子、わらび、ふき、梅、らっきょうと、次から次へ食材が届く季節に、嬉しさと忙しさに体が付いて行けません。以前はやり甲斐の方が大きかったように記憶しているのが、ここ数年、「ちょっと?」と思うことのほうが大きくなっています。それは体力の衰退もあるけれど、需要がそれほどまでに無くなっていることにも起因しています。夫婦二人で食する量は限られているし、こういう保存食は今どきの方にはさほど嬉しく貰っては頂けないご時勢なので、作ったものの、さてその先は?となり兼ねないからです。にも拘らず、食材は頂き物ばかりでなく、買って来てまでも作ってしまう自分に苦笑です。“~せねばならない病”の兆候です。そして「疲れた~疲れた!」と嘆く日々。五月はこうして去ってしまうのです。これが本当の“五月病”なのかも知れません。山菜類はおおかた終り、梅もこの2~3日で片付いたことだし、あとはらっきょう漬けが待っているのみです。それが終り、しっとりと雨を楽しむ気持ちになりたいのですが、どっと疲れが出て、鬱陶しいだけの梅雨入りにならないようしたいものです。

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May 21, 2007

龍村仁ワールド

 ガイアシンフォニー第6番の上映会へ行って来ました。1番に出会ったのが14年前、思えば一昔前にもなりますが、その感動は今だ覚めやらずです。生きる哲学などまったく持ち合わせていなかった私に、大きな衝撃をもたらしたガイアシンフォニーは私にとって特別な世界なのです。今回の6番は「音を見て、光を聞く」というテーマで、真にガイアシンフォニーそのものでした。ナーダ・プラフマー=世界は音なりというヒンドドゥー教の言葉にもあるように、全てのものから音が発せられているようです。飛行機の騒音や都会の喧騒や人々の怒声など、ややもすると嫌な音ばかりに神経を集中させて生きている昨今だからこそ、人は美しい音に惹かれていくのでしょう。山の中で鳥のさえずりを聞いただけで心がほっとし、聞こえないはずの風の音さえも聞こえてきたり、海に行き、波の音を聞いただけで昔を懐かしく思えるのは、母の胎内に居る時の音の思い出なのかも知れません。人は母親の胎内に居る時も、そして意識が薄れ死の世界に移行する時にも、音の認識はあるとか聞いています。耳を大事にすることは心を大事にする事なのかも知れません。聞く耳持たない意固地さを捨て、道端の草や石ころの声にも耳を傾ける生き方をしたいものです。それこそがガイアと共に、ガイアに生きるものの条件なのでしょう。

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May 16, 2007

現れたものは消える!

 白い紫陽花が一輪咲きました。つぼみも沢山つき入梅を待っています。雨はいやだ!などと思わず、紫陽花を楽しむゆとりがやっと出てきた今日この頃です。季節の変り目の自分自身の体調異変に加え、予定外の嫁の病気により生じた孫の世話に3週間が過ぎ、心身共にへなってしまいました。でも今朝、紫陽花の花を見たとたん、すーっと疲れが消えていくのを感じ、なるほど“やまない雨はない”というタイトルの本を思い出しました。うつだった娘も今はすっかり元気になり、聖母マリア?のような母になりきっているし、入院までしていた嫁の体調も回復し、こうしてパソコンの前に座れるゆとりも出てきたことに感謝です。現れるものは必ず消えるという教えが、消えてしまわなければ納得出来ない所が、凡人の凡人たる所以なのでしょう。こうして繰り返し繰り返し体験させられて、人は成長していくのでしょう。ただ一つ言える事は、苦しい時こそアンテナを張り、出口の灯りを見落とさないことです。必ず救いの手は差し伸べられているはずなのに、じたばたしていてそれを見落としてしまいがちになっています。ちょっとしたことにも素直に反応すれば必ず灯りは見つかります。なんとなく宗教めいた話のようですが、いつも遅ればせながら、そう実感してきた経験から言えることです。今度の日曜日は、待ちに待ったガイアシンフォニーの上映会、間違いなく灯明です。この灯りもいずれ消え去る灯りではあるけれど、しっかり心に留めて生きたいものです。

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April 06, 2007

老人力全開!

 NHKのラジオから流れてくる、御年90歳の秋山ちえ子さんの言葉の花束に今日も元気づけられた。体調不良など吹き飛ばされてしまう。一言ひとことに大きく頷きながら立ち上がってはみたものの、何をどうすればいいのかわからないが、とにかく身体を真っ直ぐに保つことから始めよう。腰の骨を圧迫骨折してからの私はとにかく意気地が無くなった。体中にいつも痛みを感じる毎日にうんざりしてばかりいた。「痛いってことは生きてる証拠!」と肝に銘じ、折角与えられた人生を、もっと大事に生きよう。一時間足らずの放送時間の中で、秋山ちえ子さんが発信したメッセージの中にどれほど沢山の“いいこと”が盛り込まれていたかわからない。世の中、嫌なことばかりと思いきや、こんなにもいいことに溢れていたなんて。世の中のいいことばかりのニュースを伝える新聞社が一社でもあれば、それを読んだ人々の、いい波動で世の中も少しは良くなるのではないだろうか?などと考えてしまった。いつか、6才の孫が「ニュースは怖いことばかりだから見たくない」と言っていたのを思い出す。裏番組のアニメを見たいが為の言い訳だと思い込んでいたが、真実の感想かも知れない。もっと自分を確立し、世間の醜聞に惑わされない人間になろう。

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April 01, 2007

詩人 茨木のり子

 “もはや いかなる権威にもヨリかかりたくはない・・・・ヨリかかるとすればそれは椅子の背もたれだけ” 茨木のり子さんの ヨリかからず の一節だ。人偏に奇と書いて寄りと読むヨリかからずなので敢えてカタカナで綴ったが、そんな事はどうでもいいのかも知れない。寄りかかって生きているのが人間社会なので、寄りかからずと言えば強がりに思えるかも知れないが、年を取ったからか、その言葉に妙に共鳴した。 “出来合いの思想にも、出来合いの宗教にも、出来合いの学問にも、いかなる権威にも寄りかかりたくはない 長く生きてきて心底学んだのはそれくらい・・・” ただ私の場合は、学んだのではなく面倒くさくなったからかも知れない。近頃、新聞を読むのがおっくうになっている。辛くさえ感じる。世の中の動向が鬱陶しいのだ。自分の視点というものが薄れてしまったのではと思う瞬間が、往々にしてあるからかも知れない。これ以上の情報はシャットアウトして、自分の視点の照準を修正しなければと、茨木のり子さんの詩集に一撃された。そしてもう一編“お休みどころ”という詩の中に出てくる街道すじの<お休みどころ>に共鳴。 “自動販売機のそらぞらしさではなく・・・” 喉が渇いた人にペットボトルからではなく、湯飲み茶碗で番茶や麦茶が勝手気ままに飲める空間を提供できる生き様で居たいと思った。 “今はいたるところで椅子やベンチが取り払われ 坐るな とっとと歩けと言わんばかり・・・” 公園のベンチが近頃様変わりしている。真ん中に肘掛のあるベンチになっている。ゴロンと横になられてはまずい人を意識しての処遇なんだろうが、それにしてもちょっと変。万人に優しい国であって欲しいから。 久し振りのブログなのに、唐突な文章になってしまったのは茨木のり子さんの詩集と、いつもは人のあまり通らない車道に挟まれた桜並木に、今日は無粋なブルーシートが何枚も敷かれていたのを昼間見てしまったショックからだろう。 (排ガスに 耐えて今年も さくら咲く・・・お粗末な一句) 葉桜になったらまた散歩コースにしよう。

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March 21, 2007

木の芽立ちの今日この頃

 相も変わらず、木の芽立ち時分に起きる自律神経系統の乱れに春を予感しています。異常気象に加え、加齢による体力気力の減退も加味し、何故か時間だけが虚しく過ぎて行きます。さくらの花でもぱーっと咲いたらすっきりしそうなんですが。雛人形作りも一段落したところなので、多分燃え尽き症候群なのかも知れません。贅沢と言えば贅沢な話です。世の中には、人様の為だけに活動されている方が沢山居られることを知るに付け、こんな事では・・・と思いつつ、「やる気はあるけど体が付いて来ん」状態なのです。しかも夫との24時間密着生活の中で、記憶力の欠如が甚だしい二人のやり取りに、“認知症”の三文字が目の前から離れません。年を取ると言うことがどんな物なのかが、はっきりと理解できることも空恐ろしい気がします。小桧山博氏の「ぼくの白状」でちょっとは救われても、それに甘んじてはならないと肝に銘じる今日この頃です。

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March 04, 2007

こんなはずじゃあなかったんだけど!

 毎日夫が家に居てのんびりできると思いきや、なんと毎日の忙しいこと。暇だったらと、色んな頼まれごとが目白押し。夫も私ものんびり過ごす日が定年退職後一日も無い有様だ。夫の趣味が日曜大工なのを見越して力量以上の注文が来ては、断りきれず引き受けてしまい毎日格闘している。その合間には、孫が風邪を引いたと言っては呼び出しも掛かり、じじ、ばばは大忙し。私も雛人形創りに忙しいし、リハビリどころではない。毎日が日曜日になったら温泉に行ったり、山歩きをしたり、家中の片付けもしたいしと手ぐすね引いていたのにままならない。気が付けば一ヶ月が過ぎていた。還暦は人生の折り返し点だから、これからはのんびり下山の途に着く予定だったのが、今まで以上に忙しいのは何なんだろう。何事も節目以後は落ち着くまでに時間がかかるのだろう。これも必要とされているのだから喜ぶべきことなのかも知れない。お弁当持って、山にのんびり行ける日が遠からず来ることを願って今日もお疲れさん!

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February 23, 2007

久々の感動を求めて

 九州国立博物館へ行って来ました。今回が三度目ですが、展示室の照明の暗さに少々疲れたものの、伊藤若冲の斬新な絵画の世界に充分感動して来ました。江戸時代の文化度の高さと、若冲自身の溢れる才能に驚きました。とは言え、恥ずかしながらこの年まで伊藤若冲なる画家の存在は、私の中では皆無に等しい物で、しかも、前回入場した折に感じたことですが、展示室の照明の暗さに少々疑問を持っていたので、今回はパスしようと思っていたのですが、テレビでの宣伝で見たモザイク画に引かれやっぱり行くことにしました。余談ですが、何故あんなに会場を暗くしなければならないのでしょうか?展示物に配慮して照明を落としているのだろうと夫は言っていますが、直射日光を入れたり、がんがんの照明をしてくれとは言いませんが、もう少し会場を明るくした方が見る側には楽なように思えるのですが。特に視力の乏しい熟年者にとってはうす暗い会場はたいそう疲れるものです。苦情はこれくらいにして、肝心の若冲画には未だかつてない感動を受けました。描写の凄さも然ることながら、江戸時代にあってあれ程の猛禽類を描くことに対し、虎やライオンや象を若冲さんは見たことあったのかしら?とか、モザイク画の技法を何故使ったの?等など疑問は深まるばかりです。また青果商の長男として誕生した彼が、世襲制が当たり前の江戸時代にあって40代を過ぎ、絵師として華麗なる転身をしたのは何故?等など謎は深まるばかりです。しかもこれらのコレクション所有者が外国の方だと言うことにもため息が出ます。もともと江戸時代に憧れている私にとっては益々興味が深まる絵画展でした。パソコンが絵を描くIT社会にあっては決して拓かれることのない文化だとしみじみ思いながら道真公を参拝し、梅の香りを満喫して帰りました。

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February 15, 2007

魅力的な言の葉

 ラジオから茨城のり子さんの詩の朗読が流れて来ています。「行方不明の時間」・・・こんなに心に沁み込む言の葉があったろうかと、思わず感動したので。最近の自分の心境は真にこんな事だったのだと改めて実感させられた詩です。行方不明・・・とは穏やかでない言葉だけれど、ほんの少しの時間だけでもそうだったら、もっと自分自身に巡り合えることが出来そうだとは思いませんか?逃避願望があるのではないけれど、ふっとそんな時間に憧れるのも年のせいかなあ~!そして、もう一つ「寄りかからず」という詩は一種の警告とも受け取られたのですが。もはや出来合いの時間、宗教、学問、云々に寄りかからず・・・・・・寄りかかっていいのはイスの背もたれのみ・・・・なんて老若男女問わず肝に銘じて置くべき事でしょう。こんな風に、人をはっと思わせる言の葉を生み出せる才能が羨ましい限りです。きっといい人生を送ってきた方なんでしょう。毎日大事に生きなくてはと妙に素直に思った瞬間でした。

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February 11, 2007

ちょっとだけ変化あり!

 あれほど怖れていた夫の“毎日が日曜日”状態の日々が10日以上、特に不都合もなくお互い楽しく過ごせた事にほっとしている所です。まず会社人間の夫に喪失感らしきものが無い事と、独り大好き人間の私にいらいら感もなく過ごせた事がなによりです。一触即発の状態を想像していた私はちょっと肩すかしです。夫とはこれまでずっと、価値観は違う、相性も良くないと思い込んできた自分の感性を疑うほどです。今の所、お互いに目標は皆無だけれど、毎日規則正しく、のんびりと生きられることに感謝です。お互いの生活に変化は在るのだけれど、今はその変化が楽しいのです。その内飽きてくるだろうけれど、脊椎の状態が元に戻るまでに何とか目標を見つければ良いかななどと安易に考えながらのん気にやっています。リタイアすると同時に次の段階に移行しなければならないと思い込んで、あれこれ模索していた退職前のドタバタは、思いがけない事故で吹っ飛んだことが幸いしたようです。本当に人生に不必要はないのだと感じ入っています。焦らず、気負わず、立ち止まらず自然体で行けばいいのでしょう。

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February 04, 2007

案ずるより・・・?

 基本的に性格が正反対の夫と、鼻突き合わせる暮らしが毎日続く事への恐れと共に迎えた“特別の日”から三日目、今の所、土日の休みと同じ状況なのかも知れないけれど、支障なく快適に過ごせています。定年退職を一足早く迎えた先輩方の嘆きをしっかり拝聴していたので、警戒心一杯だったので尚更です。昨日から夫は、私の作ったお雛様のために屏風を作ってくれています。大雑把な私には出来ない、正確さを求められる作業はすべて引き受けてくれています。有難いことです。ただ、いつまでも私のアシスタントでは長続きしないことも予感し、次のステップ(自立の道)も用意しなければと思って居ます。会社人間だった殿方にとって、家の中はテリトリー外なのだから妻サイドの見方では、当然ずれが出るはずです。退職後に体調を壊す人は、概ねその違和感からくるストレスによるものではと思えます。環境の変化を、身体と心が受け止められるようになるまで妻たちは大目に見る度量が必要です。その時期さえ上手く乗り切れば、元々好きで一緒にスタートした仲なので、共にゴールを目指せるはずです。ただ、次のステップが何であるかが最も重要課題になりそうです。そこまで妻が口出しするのはおこがましい事なので、夫の自立心向上を陰ながら見守るのみです。こんなことを妻側が思っていること自体が許せない夫側だったら不協和音は始まります。共に補い合ってこその夫唱婦随だとお互いに認識する事です。つまりこれまでのお互いの立場上でのプライドは一旦手離し、融合の道あるのみです。特に私のような頑固者の妻は肝に銘じるべきでしょう。ほんわか暖かい春の陽射しのような老夫婦目指し人生の山を下って行きま~す。

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January 31, 2007

特別な?日

今日は、一月一日生れの夫の定年退職の日。私にとっては特別な日と言う訳でもないが、一応夫唱婦随?と言う立場から、特別な日ということになるのかも知れない。終身雇用という制度に、何のためらいも無く出社し続けられてきた夫はラッキーだったのだろう。ロストジェネレイションと言われている息子たちからは感謝の言葉と同時に、「うらやましい」と言う言葉も掛けられている。夫にとっては、終身雇用制度がありがたい制度だったようだ。それなりに苦労もあっただろうが、出社できる会社が退職の日まで存続し、「おめでとう」の言葉に送られ退職できる事こそラッキーなんだと思う。明日からの生き様が、これから問われる事になるだろうが、とにかく今日までは“バンザイ”に値する。それでも、団塊世代の大半はおそらく夫と同様だろうが、そうでない人や、今まさに社会の中で迷っている人を思うと、諸手を挙げて万歳三唱という心境になれないのが辛い。価値観の相違や、社会通念の変遷で“定年退職”を素直に祝えない世の中になっていることを感じながら、明日からちょっと違った生活を開拓して行こう。

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January 24, 2007

エンジン半開状態

身体に故障があると、なかなかエンジンが全開しない。毎夜メンテナンスを施し、今日は何とか頑張ろうと思い目を覚ますのだが、一部屋の掃除が終る頃には腰が悲鳴を上げそうになる。休み休み掃除を済ませるともうお昼、腰は悪くてもお腹はすくのでお昼ご飯を食べる。食べると横になりたくなってゴロリと炬燵を楽しむ。あ~あ極楽極楽。こんな生活をする身分になるとは思ってもいなかった。一日中舅、姑の世話に明け暮れていた頃を思うと極楽以外の何物でもない筈なのに、何となく居心地悪いのは貧乏性ゆえの事だろう。三食昼寝つきでは申し訳なく思えてきて、再びごそごそ始める。今一番充実した時間は、布遊びだ。お雛様をせっせと作っている時間が一番楽しい。楽しいのはいいが、長時間座っているのが腰には最も悪いようで、夕方には足腰が大変なことになる。大変な事になっても止められないのが趣味の世界だ。夜な夜なお灸をしながら、明日も同じような一日になるんだろうと、半開状態のエンジンキーを外している。腰が良くなった暁には、エンジン全開で外へ飛び出て行こう。今は我慢、我慢!

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January 12, 2007

“愛国心”に憂う老婆心

教育基本法に取り入れられた“愛国心”という言葉を不気味に思う。緑豊かで水清く、人は謙虚で実直だった頃の日本なら、直ぐにでもイメージ出来るだろうが、今の日本にそんな風情は見当たらない。極々身近なことさえ愛せず粗末にしている私たちに、国を愛せよなどと強いられてもピンと来ないのでは?国旗を掲げ、君が代を歌えば二重丸でも貰えるのだろうか?変えることが総て悪いと言うのではないし、審議時間も量的には充当だったかも知れないが、審議内容が充分だったとはお世辞にも言えないことぐらい国会議員の方々は承知していただろうか。今朝のラジオに出演されていた90歳の秋山ちえ子さんが、戦争を知らない世代の国会議員が、憲法改正を審議することに危機感を抱いているかに聞こえたのは私だけだろうか?生まれた世代に文句は言えないが、戦争の悲惨さは、心ある人間なら知っていて当然であるはずなんだが、ライブで見た人間と、VTRで何となく見た人間との温度差を感じられて居られるのだろう。そういえば、我々団塊の世代でも、生まれる直ぐ前に終った戦争の悲劇は直には伝わっていないはずだ。近代史など授業では端折って教えられたし、嫌なことは避けて通ってきたのかも知れない。環境問題でも同じで、自分の身近に起きることには敏感に反応し決起するが、100年先の地球のこととなるとピンと来ないのが人間だ。10年先のことでも危機感は覚えるが、手立てはしないまま直ぐに忘れている。こんな国民の住む国が本当に美しい国になれるのだろうか?90歳の秋山さん程ではないが、老婆心ばかりが沸き起こってくるこの頃だ。

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January 10, 2007

祝迎春

 2007年も明けて10日目になってしまいました。下の息子とお犬さまが昨朝、東京へ帰ってくれたので、家の中がすっきりしました。愛嬌のあるミニダックスフンドのジェノバは可愛いと言えば可愛いけれど、基本的に獣と一つ屋根の下に住むことに違和感を感じる私には、ちょっと落ち着かない10日間でした。それでも都会の独り暮らしの息子にとっては、大事なパートナーなのでそれなりの歓迎はしたつもりです。さすが、クールでわがままな息子に付き合っているだけあってマナーは抜群です。無駄に吠えることもしないし、トイレの躾も完璧です。ただ甘え方がしつこいことが少々気になりました。普段息子とどんな暮らしぶりをしているのかちょっと気になるところです。世間の犬並みに、散歩やケアーを十分やって貰っているのか、喋れるなら聞きたいところでした。まあこんな要らぬ事はさて置き、去年から引きずっている事故の後遺症の腰痛は依然温存したままです。年相応の時間がかかる事とは覚悟している物の、時々ふっと落ち込んでしまいそうになります。痛みとしびれと重たさに脊髄の大切さをしみじみ肝に銘じています。それにしても身体のしくみには驚きます。使わなければ衰えることを身に沁みて感じています。あんなに太極拳や山歩きをしていたのに、一ヶ月間安静にしていたら歩けなくなっています。ストレッチをやろうとしても関節は硬く、ちょっと立ち仕事をすると足が痺れてくるし、外出して歩ける状態とは思えない足になってしまっています。焦らず、のんびりとなんて言ってられそうにありません。焦っているわけではないけれど、何とかリハビリ体制に入らないとまずい雰囲気です。交感神経を使いすぎて、副交感神経まで変になってきているようです。体制神経と自律神経が身体を支配しているのだとつくづく感じます。人は、目に見えないものに支配されて生きているのがよくわかります。今年もやはり、見えない世界に注目して行くような一年になりそうです。

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November 30, 2006

一寸先は闇・・さてその先は?

 11月18日の午後、それなりに楽しい遠出をした帰り道、あと10分もすれば家に帰り着くと言う所で闇の世界に引きずり込まれた。センターラインを越えて私たちの車に向って突っ込んで来る車に「何?」と思うか思わないかの瞬間、エアーバッグが作動し、車中は煙が立ち込めていました。幸いなことに、主人も私も意識ははっきりしているもののとっさの行動が起せない。主人が、とにかく車外に出ろと言ってるので出ようとは思うのだけど体中の動きが変!俊敏になど出来ない!外から知らない人が「奥さん!爆発するかも知れないから早く出なさい!」と言ってくれて始めて事の重大さに気付いた。シートベルトを外し外には出たものの、足が立たない。衝突の瞬間、下腹部が内臓ごと揺すぶられ腰が立たないのだ。突っ込んできたおじさんは「すみません、すみません」を繰り返しながら手には携帯電話を握ってはいるのに、おろおろするだけで110番も119番も呼んではくれない。仕方なく自分の携帯を探し手にした物の、めがねがどこかへ吹っ飛んでいて数字も見えない。勘で119をプッシュ。見事に繋がり手配を終え110番を呼ぶ。消防署の人はちょっとした説明だけで場所をわかってくれたが、警察は・・・。警察の到着を待たずに主人と私は救急車の人になった。搬入された病院でも、検査が終るまでは、ただ横たわるだけのけが人でしかない。寒いのと、おしっこをしたいのもすべて後回し。幸いにも骨折も無く無事帰れることにはなったものの、歩くのが難しい。息子夫婦が駆けつけて来てくれていなかったらどうしたことやら。帰宅後、そのまま寝込み、主人と二人今日まで寝たきり状態だ。その間いろんな人のご好意で何とかやれて来たが、身寄りも無く、ひっそりした田舎暮らしを始めていたらと思うと、念願の田舎暮らしもちょっと引いてしまう感がある。全治5日と診断されたものの、2~3日目位からの方が痛みもきつくなり、すこぶる病院嫌いの私が再検査のため病院へ行く有様。その日はちょっと痛かっただけの胸の辺りが激しく痛み、息をするのも辛い状態は肋骨にひびが入っていたからだった。とっさの時の神経は一体どうなっているんだろう。痛みも感じ得ないほどパニクっていたのだろう。その日から、不自由という世界がわが身に押し寄せてきた。息もし難い、咳払いも慎重に、くしゃみをしようものなら激痛。一度不用意にくしゃみをしてしまい地獄を見たので、それ以来くしゃみはしない。出そうになったら鼻をぎゅっとつまみ口もしっかり閉じる。するとくしゃみは引っ込む事を体得した。寝返りが打てない。トイレで用を足しても事後の始末が至難の技。4日間は大きい方の用は我慢した。家のトイレをウオシュレットに改造していて本当によかった。不自由な世界の中でいろんなことを体験出来、これはもしかしたら、老後の模擬体験なのかもしれないとふと思った。ぴんころ人生が私の目標だが、一寸先のことは予想だにつかない事を思い起させてくれたのだろう。その他いろいろ感ずることの多い出来事を追々発信して行きたいものだ。ちょっと疲れが早めに来るのが悔しい今で~す。

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November 10, 2006

湧き出てくる老人力

 最近、物忘れがめっきり多くなって来た。夫婦喧嘩をしなくなった。やる気はあるけど体がついて来ん状態。料理のレパートリーに新メニューが浮かばない。・・・・etc。まだまだいっぱいあるが、列挙したところで嬉しくも何ともないのでこれ以上は忘れよう。今日は元気だと言える日は太極拳の練習日だけかもしれない。毎日続けてやればいいのだろうが、それすら忘れて一日があっという間に終ってしまう。子どもの頃の一日と、最近の一日とは、長さが違うのではないだろうかと思うほど早い。充実していて早いのなら納得できるが、ぼーっとしていて過ぎ去っていく日々が、心底もったいない。これがあの赤瀬川源平さんの言っていた老人力なんだろうか?これだけのマイナス要因を“力”として認知してしまうところが偉い人の証拠だろう。凡人は、ため息をついてあきらめるか、じたばたして深みにハマるしかないのに。最近の私がそうなってしまっているように。赤瀬川さんの老人力が出版された時、私はまだ老人ではなかったので読まずじまいだ。言葉だけを鮮明に覚えているにすぎないが、“負”を力に替える本だったに違いないと想像する。なんとかタイトルだけ戴いて私なりの中身を今日からでも検証して行こう。

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November 08, 2006

今日もラジオから・・・知らない事は罪!

 「知らない事は罪!」・・・今朝も水俣からの発信で、作家の石牟礼道子さんの談話を聞いていて「やっぱり!」と思った。知らなかったから・・・と言って済ましてしまう昨今の風潮に、ちょっと不信感を持っていた私は、やっぱり~!と確信してしまった。石牟礼さんは、20世紀で人間社会は終ってしまったと言われていたみたいです。世の中にはびこる不条理を、ちょっとした講演会やメディアで知らされると、これまで知らずにのほほんと過ごしてきたことに罪悪感を感じてしまう私ですが、知ってしまった後でもつい、これまでの生き様として再犯を犯してしまうこともあることに対して、それ以上の罪悪感を覚えていました。とにかく、知らなかったなどと言い訳をしながら、私たち人間はなんと多くの罪を犯しながら生きているのでしょう。うんざりします。文明の進歩に伴って、便利、快適な生き方を知ってしまった人間の罪は相当大きなものだと自覚しなければなりません。且つまた、自覚するだけでは社会の再構築は無いはずです。人類すべてが皆、立ち止まって過去の清算をしなければならない所まで来ている事を、大概の人は知っているはずです。それなのに知らん振りしてやり過ごしてしまっている日々の繰り返し。振り向いて、来た道の様相を見ようともしない。そして私たち凡人の未来に、悲惨な状況が繰り広げられた時、どのような受け止め方をするでしょうか?多分、知らなかった!国が教えてくれなかった!どうして早く手を打たなかった!等と口々に責任のなすり合いをするに決まっています。今でも、お偉い国会議員の先生でさえ、“目には目を”のキリストの言葉をはき違え、核には核を!と言うくらいですから。これは言論の自由の名の下に許されてはいますが、地球上に核の存在がどんな物かを知らなさ過ぎる発言ではないでしょうか?お隣さんが攻めてくるから、軍備が必要なのではなく、本当に国を愛して守り抜きたいのなら、仲良くすることにのみ全力を尽くすべきです。子ども達でも知っています。それくらいの事も知らないで国会議員をやってる人がいることに絶望感すら覚えます。この“知らない事は罪”と言われたのは昨日登場された杉本栄子さんの父上、水俣の漁師さんだそうです。水俣の美しい海を死の海にした水銀の恐ろしさを知らなかったばかりに・・・・。なんとも凄い言葉ではないでしょうか?水俣の人々がすべてを受け容れて来たからこそ、今日の美しい水俣の海が甦ったのでしょう。私たちにも近い将来、水俣の方々と同様に、あの恐ろしい現実を享受する日が来るやも知れません。その時、じたばたせず、、知らん振りして来た罪を償う時だと、受け止められるよう覚悟して置くべきでしょう。そんな覚悟のできない人は、アンテナ張って、世の中の裏表のからくりを、しっかり知る努力をいたしましょう。

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November 07, 2006

今日のラジオから

 NHKラジオで、水俣の語り部“杉本栄子さん”の談話を聴いて今日も一つ感動出来たことに感謝。「何があっても人を恨むな」と言われたお父様の言葉の意味を、身をもって理解された杉本さんの言葉こそが今の時代に最も確かな言葉だと思います。いじめの問題に始まり留まる所のない教育現場の荒廃も、大人社会が抱えている様々な問題にも、解決のキーワードになるはずです。お話の中に出てきた“のさる”と言う言葉を興味深く聞きました。“のさる”とは水俣の漁師言葉で、大漁の意味なのだそうです。いい言葉だったんだ~!実は私の故郷でも“のさる”と言う言葉を使いますが、私が感じていた意味はあまり嬉しい物ではなかったのです。不幸なことが続くと「あの人はのさってる」などと言った物です。だから、“のさる=たたり”なんだとばかり思っていました。それが今日杉本さんのお話を聴いて、やっと意味を、しかも深い意味を知ることができました。杉本さんたちが水俣病で疎外されていた時にお父様が「誰も恨んではいけない、皆昔はいい人だった。しけの日もある、大漁の日もある、今はしけているだけなんだから・・・」そして辛い事がある度に、「のさっている(大漁)と思え!」と言われていたそうです。さすがに、辛く苦しい真っ最中にそんな言葉を言われても「それはないよ」と思ったそうです。でも後日、必ずいい日が来ることを知った時、杉本さんは父の言葉の意味を呑み込めたのだそうです。お話を聴いていて、いい日はすぐに来てはいません。これでもか、これでもかと苦しみが押し寄せています。それでも今生きているということは、生かされて来たのだと実感されている杉本さんです。私が、のさるをたたりと思い込んでいたのも間違いではなかったのかも知れません。苦しみが人を育てることだとすれば、のさった人生を歩けることを感謝しなければなりません。嫌な人が実は私には最も必要な人で、嫌な事が私の成長の肥やしになっているのだとすれば、感謝こそすれ、恨んでは申し訳ないですよね。中々こんな風に思えるものではないけれど、心に留め置くことは必要なんだと思います。ただ、今すぐ小さな命を守るために、どんな言葉で伝えれば子ども達に届くのかがわかりません。直に杉本さんの声を聞けば、死を選択しようとしている子どもさんも思いとどまる事でしょうが。科学文部省宛に自殺予告のハガキを出した子どもさんが、今朝の放送を聞いていてくれたことを願って止みません。

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November 06, 2006

自然農塾見学会に行って

 自然農塾と言っても、住宅街のど真ん中に猫の額ほど((^^ゞ)もない畑が三箇所あるだけの塾です。一つずつ見て回りました。一番目は小学校のグランドのすぐ横で、複数の貸し農園の中の数畝です。「わー立派な野菜が出来てる!」と思ったら、そこは普通の農法で作っているよそ様の畑でした。草ぼうぼうの畝が、今日の先生の持分だったのです。予想はしていたけど、すぐ隣にこれだけ丹精込めた畑があると、ちょっと戸惑ってしまいます。でも気を取り直して説明を聞いているうちに、草に混じって色んな野菜の苗がひょっこり見えて来ました。確かにスーパーに並んでいるような器量良しではないけれど、実に天然の趣があるのです。さつま芋の収穫を見せていただきましたが、見るからに美味しそうなお芋が、魔法のように草むらから出てきます。二番目の畑にも、色んな種類の野菜が草と同居しています。そこでは伸びすぎた草の刈り方を学びました。決して草を根っこから抜いてはいけないのだそうです。土の中の体系を壊すからだそうです。物ぐさな私たちには最適な農法です。しかも、決して耕さないのです。耕して土中の体系を壊すから、肥料や農薬の力を必要としてくるのだそうです。自然の力を信じてお借りして野菜を作らせていただくのでしょう。今年のように雨の少ない年でも、水やりは不要だそうです。耕しもせず、水もやらず、それでも土が軟らかなのが不思議でした。三番目の畑はやっと全面自然農の畑でしたが、とても残念なことに大家さんの都合で、明日には返還しなければならないとのことでした。10年かかって土も自然の状態になった時に返さねばならない現実に、初参加の私達でさえショックなので、長年この畑で学んで来られた方々の心情は察するに余りあります。あと数ヶ月でビルでも建つのでしょう。そんな事情なので、塾長さんのご好意で、畑の作物はどれでも好きなだけお持ち帰り下さいとのこと、何一つお世話してもいないのに、遠慮なく沢山戴いてきました。参加者の方々は皆さん土が欲しいと言っていました。さに有らん!私には枇杷の木が一番に目に入り、黒々と茂った立派な枇杷の葉もどっさり摘んできました。そのうえ野菜の苗も、畑も無い身でありながら頂き、プランターに植えました。野菜の苗にして見れば、あまりの環境の変化に、今日頃はびっくりしていることだと思います。それにしても、都会の中の小さな農園なのに、参加者の多いこと、20名近く居ました。しかも、私たちのようにリタイヤ寸前の年代だけでなく、若い方の多さに本当に驚きました。一人、茶髪の若いお兄さんが参加していたのですが、畑に入るなり、その辺の野菜を摘んでは食べ、掘ってはかじっているのが妙に愉しかったです。野菜がこんなに美味しいなんて始めて知ったと言っては貪っていました。苗を持って帰って植えたら?と言うと、アパート暮らしでプランターも置けないとのこと、ここで食べて行きますとのこと。でもいつか必ず彼は畑をゲットすることでしょう。嬉しくなりました。中には私たちの理想を地で行って、玖珠の山林を購入して開墾し、田舎暮らしを実現しているご夫婦もいました。三年目に入って、自然農も軌道に乗ってきたそうです。うらやましい!とにかくいろんな方と、共に自然農に触れ合えた事が何よりの収穫でした。次は来年の1月6日に開講予定とのこと楽しみです。それまでに、戴いた野菜がプランターの逆境にめげずに育ってくれる事をひたすら祈って止みません。そして、私たちにも念願の畑が見つかりますように。

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October 31, 2006

灯火親しむの候なれど

 やっと秋らしくなり、読書の秋といきたい所ですが、この所何となく落ち着いて本を読んでいません。あまりの晴天続きが災いして、昼間の行動が、灯火親しむ体力、気力を削いでいます。しっとり雨でも降れば、色んなことをほっぽり出し本でも読んで過ごすのだけど・・・。実は読みたいと思って、古本をどっさり買い込んではいるのですが、どれもちょこっと読んでは中断しています。これでも本を読む速度は速いほうだし、面白ければ一気に読まなければ気がすまない性分なのでこんなことはめずらしいのです。老化現象で集中力欠如なのかも知れません。老化予防に音読がいいらしいので、朝、試しに音読してみて気付いたのですが、音読は頭に内容が入ってこないのです。読書は人それぞれの癖があるようです。そんな訳で何となく中途半端な毎日をだらだら送っています。ニュースは毎日のように学校現場の荒廃を伝え、“美しい日本”は皮肉にも遠ざかりつつあるこの頃です。何とか大人たちが心機一転、落ち着いて暖かな灯火を灯せるような生き方をしないといけませんね。今手元にある古本の中に、1983年に出版された清川妙さんの“おんなの心くばり歳時記”という本があります。今、1921年生れの清川妙さんは85歳です。去年出版された“84歳・イギリス一人旅”を読んで始めて知ったのですが、飛んでるおばあさんの印象がありますが、ちょっと違うのです。古き良き時代の大和撫子そのものではないかと思います。こんなおばあさんの生き方を検証して見習えば、もしかしたら“美しい日本”も復活するやも知れません。やはりせっせと読書に励むべしです。知ることから何かが生まれるのでしょう。

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October 17, 2006

先生方へ

学校がおかしい!等と騒がれ出して久しいはずなのに、学校はちっとも健全化されていません。何故なんでしょう? 寺子屋の時代から、学び舎は子ども達にとっては最高の学びの場所だったはずです。何を学ぶかは子ども自身の選択もあるにはあるでしょうが、概ね知識を学ぶところではないでしょうか?その知識というものの定義が、少し可笑しくなって来て、受験のための知識だけがクローズアップされているような現状が、学校を可笑しくしているのではないでしょうか?受験も必要でしょう、競い合う事も必要でしょう、でもその前に、生きることへの真摯な智恵や見識が見捨てられてしまっている事を文部省は気付いてください。生きるために必要な智恵を、私たち大人も疎かにしているではないですか。今でこそ丸刈り頭や黒の詰襟を見かけなくなりましたが、昔の子どもは丸刈りも詰襟もそれなりに似合っていましたよね。それが段々窮屈そうに見えるようになった頃から、学校現場が変わってきたように思えます。食についても然りです。給食の献立など一切関係なく、給食時間が待ち遠しかった頃から比べると、あらゆる食材を駆使し、如何にも美味しそうに出されているはずの給食の廃棄量の多さは、何を意味しているのでしょうか。これ等は一概に、学校だけの問題ではないことも確かですが、子どもたちにとっては受難としか言えません。朝の登校時、眉間に皺を寄せて登校する子ども達にとっては、学校も居心地悪い場所でしかないのかも知れません。どっちを向いても良いことなんて少ない昨今ですし、打開策もなかなか見つかりません。もしかしたら、打つ手はもう無いのかも知れないけれど、何とかしなくては本当にこの国は滅んでしまいます。“過ちを改めざる、これ即ち過ちなり”ですよね。せめて学校の先生くらい、素直に非を認め、謝る姿勢を見せていただきたいものです。それが子ども達を導く唯一の手段でしょう。国会議員の先生も、学校の先生も、人間です。人間だから仕方が無いかと、あきらめられない内に自覚していただきたいものです。もちろん、送り出す家庭の問題も見過ごしてはいませんので。こんな少子化時代に子育てを真剣に考えなくてどうしますか。

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October 16, 2006

週末、田舎巡り三昧ですが・・・

 来るべき退職後の設計に、百姓を選択肢に入れた手前、農業研修や農地探し、果ては移住先まで探し始めたものの、今まさに頓挫しかけている。“帯に短し襷に長し”なのだ。手近に貸し農園という手もあるが、自然農を実践したい私たちに、貸し農園ではちょっと無理がありそうなのだ。どこの貸し農園を見ても、きちんと手を加え、草を敵としたやり方ばかりが目に付く。それはそれで素晴らしいと思えなくもないのだが、やはり福岡氏や川口氏、それに先日お目にかかった松尾さん達が実践している自然農への憧れが、農地確保を必須とさせる。そこで、あっちこっちの不動産情報や世間の風聞に耳はダンボ状態なのだが、なかなかこれっ!と言った土地に巡り合えない。これだけ都市化されてしまったわが町周辺の地価は高く、そのうえ市街化調整区域とかいった法律上の問題などを考慮しなくてはならない状況に戸惑っている。住み慣れたこの家に愛着がないと言えば嘘になるが、高層マンションに囲まれ、便利なだけの周囲の状況を見るにつけ息苦しいのも本音である。と言っても一足飛びに他県の超田舎にまでジャンプするほどの自信もなく、近場の田舎暮らしをと考えた事に無理があったのかもしれない。“せいては事を仕損ずる”とも言うし、“思い立ったが吉日”とも言うし・・・複雑に頓挫しているのです。まあこれが何を意味するかは追々分かってくるだろうから成り行きに任せることにしましょう。それにしてもそんな目的でちょっと田舎に足を延ばして見ると、一時、目に付いていた休耕田が少なくなっているように思えたのは何を意味するのかなあ?都市の近郊では農業が元気になって来ているのかも知れない。それはそれで喜ばしいことではあるが、そんな場所を狙っていた我々には見当はずれの感がする。中には、村総出で移住者を歓迎する所もあるにはあるが、哀しいかなその地は遠く、そこまで飛び出していく現況にはないことで現実に引き戻されてしまう。ある程度の妥協や、犠牲を覚悟の上で今後の方針を立て直さなければ、自然農の自給自足生活は始まらないような気がしてならない。テレビで見かける田舎暮らしの達人が、とっても眩しく見える今日この頃です。

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October 13, 2006

WORKING POORっておかしいの?

 最近ワーキングプアーという言葉を耳にしますが、それっておかしいのかなあ?「働けど 働けど 我暮らし楽にならざる じっと手を見る」こんな詩があったことを知らない世代が多くなったのでしょうか。それはそれでいい物だったのではないでしょうか? マネーロンダリングとかマネーゲームとか、口を開けば経済のことばかり、日本人の心に“慎ましやか”というものは消えたのでしょうか?経済拡大が真の幸福を持って来てくれましたか?こんなこと大きな声では言えませんが、不景気結構です。不景気の中でひっそりと慎ましく生きてみるのもいいかも知れません。お金が無くては生きていけないと思い込むことが、心の格差を作るのです。「お宅はお金持ちですね、でも私は貧乏です。でも不幸せではありませんよ」と、まっすぐ言える生き方を選択すればいいだけのことです。事実幸、不幸はその人自身の思いでしかないのですから。「ボロは着てても心は錦~」と歌っているじゃないですか。
 このワーキングプアーと言うことば、ラジオの国会質疑に上がっていたのでついこんな事を思ってしまいました。何もかも人様にお膳立てして貰わなければ生きられない国民ばかりではないはずです。やれ福祉だの、格差是正だの、挙句の果てには女性専用車両のことまで飛び出して、そんなに日本人はひ弱になってしまったのでしょうか?国会議員の先生方が口角泡を飛ばさなくても国民力はあるはずです。もっと他に審議すべきことがあることを思い出してください。お隣さんの動向ばかりを気にして、いえお隣さんの動向に乗じて憲法改正を急ぐ事のなきように願うのみです。

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October 10, 2006

案ずるより産むが易し

今日の夕方、6番目の孫が誕生しました。昨年までうつ病だった娘の子どもです。しかも、この少子化の時代に四人目なんです。8ケ月前懐妊の知らせを告げられた時、思わず絶句し反対しました。長年服用して来た薬の副作用や、娘自身の体調も今一つの段階だったための躊躇でした。生まれ来る生命の尊さは、誰に言われるまでもなく分かってはいたのですが、私にとって未だ見ぬ生命より、娘の身体のほうが先決問題だったのです。今にして思うと何と残酷な事をと自責の気持ちでいっぱいです。薬の副作用の怖さを思うと幸運だったことと、母子共々元気に出産を終えられた事にただただ感謝の念でいっぱいです。とにかくお産までの十月十日の不安を、今日10月10日に一掃出来た事に感謝です。案ずるより産むが易しなのでしょうが、結末を見るまでは中々思い切れないことでもあるようです。そしてもう一つ感動した事があります。それは、今日の出産に、娘の長女で小学5年生の孫が立ち会ったことです。分娩室にも入り、最後は泣きながら母親を励ましたそうです。大人でも二の足を踏むお産の現場を、一人で最後まで立ち会ったことが彼女の人生にどれ程の意味をもたらす物かと思い、わくわくするばあばです。うつを克服して出産を決意した娘と、分娩室でも気丈に母親を励ましてくれた孫と、娘の家族みんなの団結力に敬意を表します。今回、ばあばは何も手伝って上げられないけれど、みんなの幸せは一日も欠かさず祈っていますよ。おめでとう!

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October 01, 2006

幸せの種を求めて・・・

 小雨模様の朝、三年前の新聞の切り抜きだけを持って目的地に向って出発しました。畑の真ん中で蝶と一緒に農作業を楽しんでいる48歳の松尾さんの写真と記事に、当時農業とは無縁だった私の目は吸い寄せられたのを覚えています。幸せそうだな~と羨ましかったのが一番でした。その時の私は幸せなんかとは無縁だったのです。長年の舅の介護からは開放されたものの、まだまだ続く姑の世話と、自立し切っていない子ども達や、騒音や雑踏の中の生活にすっかり疲れ切っていたからです。閉塞感が体中を覆い、自律神経はズタズタでした。そんなこんなから、マクロビオティックや民間療法など、あらゆる健康にいいものに飛びついていました。だからと言ってここから抜け出して、息のし易い所に移り住むことなど出来ないし~とあきらめていたのです。それが、今日思い切って松尾さんを訪ねてはっきり決心が付きました。とにかく自然農を学んでみよう。それが私の閉塞感打破の一歩であることを確信しました。条件をすべて満たす日を待っていては、その日は来ないかもしれないが、一歩でも踏み出せばその日が来るような気がしてなりません。その証拠に、新聞の切り抜きには詳しい住所は書かれておらず、おおよその見当だけで出発したにも関わらず、色んな方々と、自慢の直感だけで松尾さんにお会いする事が出来ました。三年前の写真の人が、当時のまま幸せそうな笑顔で作業されているのを見て私まで幸せな気分になりました。やっと一歩を踏み出したんだと実感しています。究極の自給自足生活を目指して、いざ出陣です。みなさん、首を長くして待っていてください。私のブログに、しあわせの種を込められる日がやっと来そうです。ちなみに、松尾さんの田畑には、白鷺や蛇や蜂にも出会え、潤米、黒米、赤米、緑米、香り米、が美しく実り、色んな野菜がほっこりと育っていました。

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September 29, 2006

酸素ボンベが必要な生き様

 典型的なB型人間だと思って来た私だが、人一倍熱しやすい性格は確かだが、よく考えると、冷め易いほうではないのかも知れない。執念深く、凝り性でもある。反面、あっさり諦めることも得意だ。駄目だと分かった時の撤退の速さは、立派に根性無しと言える。そんな私が今ハマっている“自然農法”の福岡正信氏。この方は、著書こそ遅ればせながらやっと最近になって私の手もとに届いたが、随分以前にテレビ出演され、種の入った土団子を雑草生い茂る野原に撒き散らしているお姿を見て、妙に感動したのを覚えている。その感動が、農地どころか庭さえ持たない一介の専業主婦に、寝ても覚めても田舎暮らしだ!自給生活だ!と駆り立てているトラウマなのかも知れない。人間は回帰本能があって、昔受けた衝撃が引き金となって色んな性癖を作り出すのだとすれば、今真に、福岡正信氏に突き動かされた時の余震の真っ只中かもしれない。主人の定年退職後の新たな生き方を模索するに当たり、その第一候補が“田舎暮らし”であることがその所以である。だが主人にとっては迷惑千万な事かも知れない。のんびり旅行をしたり、好きな囲碁三昧の日々を夢見ているかも知れない主人を巻き込んで、私の夢は果てしもなく広がる。私たち夫婦間では、先に言ったもん勝である。毎日まいにち、田舎~いなか~とまくし立てていたら、気のいい主人も最近では、まるで自分の夢でもあるかの如き錯覚に陥っているようだ。団塊の世代の人間が、イケイケドンドンの高度成長期をバブル崩壊に導いた事の罪滅ぼしに、退職金や貯金を社会に還元することで経済成長の担い手になり得る等と言う、世間のお為ごかしに乗ってはならない。まあ、それほどの大金も我が家にはないので協力しようにも出来ないのだが・・・。私事ではあるが、軟弱な子育ての後始末、無智なるが故の地球破壊、その他諸々の尻拭いをしないことには、極楽浄土とやらへは行けそうにない。福岡氏は、この世の中で一番愚かな生き物が人間だと言う。科学や文明が如何に進んでも、人間の欲望は止まる事がなく、不安や心配は消え去る事が無いと言う。そう言われればその通りだ。犬や猫が明日の心配をしているだろうか?動物たちが地球を汚しているだろうか?考える力がないから考えないだけかも知れないが、じゃあ一体考える事の意義はどこにあるのだろう。考えれば考えるほど答えは遠のき、人間は不幸になっているとしか思えない。な~んにも考えず、お日様と共に生き、おろおろ歩き回るだけのデクノ坊が一番いいのかも知れない。その生き方が、近頃注目されている自給自足にあるように思えてならない。完全な自給自足生活は到底出来ないだろうが、志しだけでもそっちに向けて、慎ましく生きて行くことで、これまでの尻拭いがほんの少しは出来るのではないだろうか等と朝な夕な思い描きながら、この便利快適そうな町中で酸欠寸前に喘いでいるのです。

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September 28, 2006

息子へ

高校生の頃、自主退学をした我息子もそれなりに努力をして大学を卒業し、そのまま東京に留まり、それなりのサラリーマンを続けていたのだがここに来て、今流行りのリストラの危機に直面しているらしい。リストラされる前に志願退社すべきかどうか迷っているらしい。志願退社とリストラでは退職金に差があるらしい。会社に未練もあるらしいのだが、退職志願者が人員整理すべき数に満たない時にはリストラされる可能性もあるとのことらしい。その数の中に自分が入れられることへの不安が大いにあるらしい。期限は11月。決断を余儀なくされているらしい。大変だあ~!高校を中退し、大学はそれなりにではあるが卒業したものの、その間金銭的負担を親にかけてきた事を常々詫びていた息子なので、30歳にもなってまたまた親に心配をかけることへのためらいがあるらしい。電話の歯切れがいつになく悪かった。とは言え私は、「こんなこともあるさ!」・・・それくらいにしか受け止められなかった。ただそんな息子の電話の中で一言だけ気に入らない事がある。それは、「三十にもなってこんな電話をしたのは母さんに一喝して欲しかったから」と言ったことだ。順風満帆の人生を、親は望むものだと勝手に思っているらしい。確かにそれはそうかも知れないが、挫折することがそんなに駄目な事でも、悪い事でもないと思う私には、たいした問題とは思えなかったので、つい軽く受け止めてしまったのでへらへら聞いていた。事実そんなこと何てこと無いじゃない。命に別状がある訳ではないし、また違う仕事で違う事を学べるのだからチャンスかもしれない訳だし。その都度、親の一喝を期待するなっ!て言いたい。自分の人生は自分で一喝すべきである。人からの一喝を心から期待するような息子では無いはずなので、単なる社交辞令だったのかも知れないけど・・・?とにかく、またまた挫折できたことを大いに感謝し、東京砂漠で生き抜いてくれることのみ願う母なんだよ!そして、東京に未練が無くなったらいつでも故郷に帰っておいで、自給自足の生活を親子でやろうよ。なにせ今の私の夢はと言えば、究極の自給自足生活なんだから。変な親だと、皆さん思うでしょうが、私はいたって真剣にそのことばかりを夢見ているのです。こんな親の子なんだから、真っ直ぐなレールの上だけを走らなくていいんだし、可能性を捨てずに何度でも挫折を体験してビッグな人間に成長してくれる事を願って止まないのですぞ!

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September 19, 2006

台風一過

台風の後片付けを終え、主人とドライブをしてきました。途中ふと思い出し田んぼの真ん中の家を訪ねました。ずっと以前、私がまだ人形を作っていたころ縁あって知り合ったご夫婦がいます。ご主人は航空設計士のキャリアがありながら、実家の家業を継ぎ建設業に携わっていました。奥様は趣味の木工を活かし喫茶とギャラリーをやっていました。とても感じのいいご夫婦で、時々義父の介護に疲れた時にお邪魔し癒やされたものです。私の人形もすっかりそこに馴染んで、飾ってくれていました。それからしばらくの間私は娘のうつ病と付き合うことになり、すっかりご無沙汰をしていました。随分と時間が過ぎ、娘も回復したのでひょっこり訪ねて見たのが一年ほど前です。なんと不思議なことか、あんなに順調だったお二人にも試練の歳月が流れていました。あんなに明るく元気だったご主人が突然うつ病になり、すべてを放棄してしまったそうです。奥様の献身的なサポートの元、転業を決意し、なんとパン屋さんに変身していました。40歳台ですべてのキャリアをかなぐり捨て、再出発された直後でした。その時娘とこのご主人が重なり、なんとも複雑な思いで再会したのを思い出します。それから何やかやと雑用に追われ、しばらくご無沙汰していたので、昨日は久し振りの訪問でした。木工の工房だった所はすっかり様変わりし、芳しい香り漂うパン工房と喫茶ギャラリーになり、以前にも増して明るいお顔のお二人に出会え、すっかり元気を戴いて来ました。なにが幸いするかわかりません。あんなに晴れ晴れとした顔のご主人は初めてです。娘ももうじき四人目の子どもを出産します。妊娠の事実の前で、私はいろんな雑念に捉われ、産む選択をあきらめさせようとしてしまいました。でも今は素直に6人目の孫誕生を嬉しく思っています。すべては本人の想い一つで事態は好転するのでしょう。うつ病を怖い病気だと思ってしまえばそれまでだったでしょうが、それをバネに飛躍することだって出来るということを二人を見ていて実感します。台風13号の爪あとは生々しく、被災された方々には試練の時でしょう。心からお見舞い申し上げます。でも必ず嵐は過ぎ去り、肥沃な大地と恵みをいつかもたらして来てくれるはずです。人の心が恐怖に押しつぶされない限りは。今日は台風一過の秋空がまぶしい朝です。

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September 16, 2006

目が点!ほどの衝撃

先日ご縁があった森岡尚子さんお奨めの、福岡正信氏の本を一気に読んで、目が点というより人生最大の衝撃を味わっています。私の性格をご存知の方々は「また始まった!」と一笑するでしょうが、本当なんです。これまで健康目的や、自然食ブームにあおられやってきた事が一網打尽です。まず福岡氏の言葉から・・・“自然食の目的は、上手に解説して色々な食物を選択する知恵者を造る事ではなく、自然の園から食物を無心に採って食べ天道に背かない無智の人間を造る為のものである。”  人間が食べる事を頭で考えるようになった時から、人間の荒廃が始まったのかもしれません。そう言えばキリストが「人はパンのみに生きるにあらず」と言ったらしいが、この事かもしれません。西洋から栄養学なるものがやって来てから、日本人も人並みの病気を得たのかも知れないし、人並みと言う事の浅はかさも知らなければならない。ここでまた福岡氏の言葉“馬鹿な動物は馬鹿と言う事を知らないから馬鹿なことはしない。利口な人間は馬鹿馬鹿しいと知りながら馬鹿をし続ける。終末が近い事を知りながら未来の夢を見る”・・・納得するしかない言葉の波に、生まれて始めて自分って何なんだろうと真剣に悩むことを経験しています。“人間はなにもしなくて楽しかったのに、何かをすれば喜びが増すように思った。物に価値が有るのではないのに物を必要とする条件を造っておいて物に価値があるように錯覚した”・・・そうだったんだ!だから執着ということも覚えてしまった。“為すこと多くして人間は一事も為し得ずすべてを失う”“最小の世界に徹底すれば最大の世界が開ける”・・・真に脱・煩悩の世界だ。この福岡氏は自然農法を世に広めたお百姓さんなんです。でも哲学者でもあり、宗教者でもあります。自然に生きるということが人間をそのように導くのだと思います。そして平和主義者の最たる人でもあります。その証拠になる生き方がこの自然農法です。“守る事はすでに攻撃すること”“いかに何もせず収穫するかを考えた先にこの農法に行きついた”福岡氏は来るべき食糧難の時代を救う術を熟知しています。そしてそのことをあらゆる機関の報告しています。そしてその事が最善の策だという事もお偉い方々は理解しています。でもそれを万民に知らせて方向転換することを渋っています。渋っているというより、握りつぶしています。何でかな~???理由は明快でした。政治家が理想を追求できないでいるのと同じなんです。真理を追究して実践していく事は、凡人には無理がありますが、理想を現実に当てはめて行くくらいの生き方は凡人にでも、やり方さえ教えてくれればやれそうなんだけどねえ。小さなところで利害ばかり計算する人間がいる限り、今日まで延々と構築された虚構の常識は覆されません。覆される時は既に時遅し、と言う事になっていることでしょう。今日まで知らなかったことを福岡氏は淡々と教えてくれました。58年間知らずに来た事に目が点、そして驚愕です。知らないことが罪になり得る事をはっきりと自覚した次第です。

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September 12, 2006

願いごと

姪からグッドタイミングで本が届きました。沖縄在住の森岡尚子さんという若いお母さんの本です。「沖縄、島ごはん」と「ニライカナイの日々」です。美しい写真と日々の生活の中から得た情報満載の、とっても楽しくそして役に立つ本です。  主人の定年退職を目前にして、“毎日が日曜日”状態になる日々を想像しては苦悩(?)の日々を送っているのです。こんな便利な場所に住み、労せずして食料も日常品も手に入る生活を長い事やって来た私たちに、果たして夢にまで描いた田舎暮らしが出来るだろうか?と言う不安。畑も持たず、家庭菜園すらやったことの無い二人が、どこでどうして田舎暮らしをするというのか??願っては諦め、諦めかけては願い直し、あと数ヶ月でその日がやって来るという所まで来てしまい、顔を見れば「定年したら・・・・・」の話ばかりしています。毎日の生活は、産直志向で、添加物満載の出来合い食品は一切買わず、環境にも可能な限り優しくありたいと心がけ、手間ひま惜しまず主婦してきたつもりですが、いつの頃からか究極の生き方を“自給自足”だと夢見るようになってからは自問自答の毎日でした。建ぺい率85%という商業地域に居を置く身では叶わぬ夢でしかありません。“便利快適”など何の慰めにもなりません。そんな気弱な私に、森岡尚子さんの、「進歩や発展なんてなくていい・・・・・ただ原点の変わらない日々の営みがあれば・・・・」の言葉に始まり、「多くの犠牲の上にある暮らしから少しでも遠ざかること」「依存しない暮らし」等など宝のような言葉と、今にも飛び出してきそうな沖縄の暮らしの写真に勇気が湧いてきました。ここは沖縄ではないけれど、もう少し不便な所に身を置けば、毎日試行錯誤しながらでも楽しく生きていけそうな気がしてきました。要するに、社会に依存する事無く、自分に与えられた智恵と力を惜しみなく出す事でニライカナイ(願いは叶う)なのだと教えてくれた本でした。

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September 06, 2006

ニュートラル解除

夏ばてからか思考回路がストップし、ニュートラル状態が10日以上続いていました。やっと動けるようになり、ギアーはセカンド辺りの状態です。せめてサードにまでは持って行きたいのですが、世間の渋滞ばかりが原因ではなく、私自身の回路も渋滞しているらしく中々アクセルを踏み込めません。こんな時はイライラせず、のんびりが一番と判ってはいるのですが、時たま溜め息が出てきます。体調不良とは言えないのですが、10日ほど前に久々の“首が回らない癖”が出て、肩から手のひらまで痛くなりあれこれ自分で治療したのですが、遂に偏頭痛まで始まり整体院へ駆け込みました。その時運悪く、いつもの整体師さんに空きがなく、初めての整体院に行ったのが間違いだったらしく益々事態は悪化してしまいました。やっとのことでいつもの整体師さんにたどり着き、あっという間に首は元に戻りましたが、刺絡治療も施し、漢方の湿布もし、レイキで手当てをやってもすっきりしなかったこと自体にすっかり落ち込んでいました。ただ回復して思ったのですが、これが年を取るという事かもしれません。疲れも即やって来ない代わりに、来てしまったら消え去るのも遅いのです。痛む所に鞭打ち、早くよくな~れとばかりに激励ばかりしていました。細胞の自然治癒力も皆無ではないのでしょうが、回復力もスローダウンしているようです。それもそのはずですよね、人生50年が当たり前だった時代もあったのに、60年近く生きて来た肉体なんだからそろそろ疲れきっていて当たり前かも知れません。86歳ででんぐり返しをやっている森光子さんが尋常ではないのかも知れません。そこそこに生き続ければそれで良しとしましょう。それにしても森光さんは凄いですよねえ!事ほど左様に人それぞれだと言うことを肝に銘じ、羨む事をせず、平然と歩いて行きましょう。世の中の大方の病気も、もしかしたら其々の癖だと思えば、ここまで病院を必要としなくていい時代が来るかもしれません。人生は重き荷物を背負いて遠き道を行くが如し・・・とも言いますよね。発進も後退も出来ない渋滞に巻き込まれたら、ギアーはニュートラルにし、サイドブレーキをしっかり引いてのんびり音楽でも聴いていればいいのでしょう。秋風も立ち始めそろそろ発車オーライと行きたい所でもありますが・・・。

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August 21, 2006

眠れぬ熱帯夜に・・・

あまりの暑さに目が覚めてしまい、ラジオのスイッチを入れると衝撃的な話が耳に飛び込んできた。アフリカ、ウガンダの少年兵の話である。地球上のあらゆる所で戦争が行われている事は承知していたが、幼い子どもを兵士に仕立てるために、戦場に送る前の少年に、まず自分の親兄弟の命を奪わせるのだそうです。それが戦場で殺し合うことへの恐怖心を無くさせる教育なのだそうです。真夏の夜の夢ならぬ、悪夢のような現実に思いっきり目が覚めてしまいました。テラ・ルネッサンスというNGOで、代表の鬼丸??氏の話でした。「私にはそんな活動なんて出来ない・・と思うのではなく、私でもこんな事ぐらいなら出来る・・と思うことから始めよう」と言う言葉に触発され、こんな夜中に起き上がってブログ発信しています。更に「心と体の両方から平和活動を提言します。」とは、体・・・要するに軍備させないこと。心・・・これは、人と比較したり、人を羨んだりすることから争いが起こるということを認識し、平和を尊重できる生き方をするということ。この時間は、いつもなら眠っている時間なので、頭がうまく作動していないので、的確に伝えきれないけれどとにかくそんな内容でした。テラ・ルネッサンスのホームページを開いて、さっそく私にも出来ることを始めようと思い立った真夜中です。

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July 31, 2006

ニュースソースの味見

 ふざけたタイトルだったかも知れませんが昨夜、テレビのニュース番組をはしごしていて、何となく後味の悪さを感じたからです。イスラエルの民間人への攻撃に始まり、事故や事件のニュースが次々に報じられていました。いつもの事なんですが、それらの事が、こうして見ている私には何の関係もないことなのかが気になり始めたのです。ついでにNHKの特別番組で、イラク戦争関連のドキュメントで、ベトナム戦争時代の米国陸軍の元軍人だった人と、かつてイラク戦争へ出兵し、現在は脱走兵としてカナダに亡命をし難民認定を求めている家族と、アメリカに居るイラクから脱出してきた難民家族の、三方からみたイラク戦争の是非を描いたものでした。どれ一つとっても鬼気迫るものなのに、扇風機に当たりながら湯上りの暇つぶしのように見ている自分に一瞬“私は何?”状態に陥り、心の均衡が崩れてしまいました。自分が何者なのか分からなくなりそうな状態のとき、急にスポーツニュースに画面が変わり、それまでの事はもうすでに過ぎ去った事のように処理されたかの感じでした。これって怖くないですか?事件や事故で亡くなられたご遺族の痛みはずっと続くのです。イラク戦争の是非はいまだに問われながらも、イラクに平和は戻っていません。イスラエルの侵攻も何故か止みそうにありません。テポドンを発射させている北朝鮮の女子サッカーチームと日本が一つのコートで競っています。これは良いことなんだけど、やはり北朝鮮という国の不可解さも浮かんできます。これだけの情報を居間で安閑と見られるというテレビに、驚異を抱く私は変なのでしょうか?腑に落ちないとはこう言うことなんでしょう。世界中の異常気象を伝えるニュースは連日放送されているのに、その原因となっている地球の温暖化のことはさらりと報じるのみ。せめてクーラーの使用は控えましょうとか、省エネに努めましょうとか、争いを無くしましょうとかを番組の合間にコマーシャルなみに流してくれればなどと思ってしまいます。こうして愚痴っていても仕方ないけど、せめて画面に映し出されたニュースに対してだけでも肝に銘じて行かねばと、寝苦しい夜にふさわしく、重たい気持ちの夜でした。

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July 27, 2006

歓迎!暑苦しい夏・・・

低体温の正確な定義は知りませんが、35.2度が平熱なので多分低体温だと思います。その為かどうか定かではないが、この時期かなり意識して生きていないと気だるさが充満します。最近手元に届いた月刊誌をめくっていると低体温を治すには、運動量を増やせば細胞が活性化され血管壁を構成している平滑筋なるものが元気になり、正常な体温になるとのこと。過激な運動の必要は無くこまめに動けばいいそうです。要するに便利、快適な生活を望まず、自分の足で動くことなんでしょう。それから、これはそれ以上に注目すべきことに思えるのだが、その人のスピリチュアルの状態や、意識のレベルによっても、生命力や細胞郡の活性度に影響して異常事態を引き起こすとの説があり思わずドキリとしました。情緒不安定が体温不安定につながっていることになるのですね。まさに生き方で体調も左右されるのでしょう。思い当たる節があります。今日は週一回の太極拳の日でした。午前中しっかり舞ってきたのですこぶる絶好調です。汗の出にくい体質の私でも、他の人のように“汗びっしょり”とまではいかないまでも、かなりの発汗があります。やってる時はクタクタだけど、終って家に帰り着くと、不思議なことに暑さも何てことなくエンジン全開で動けます。つまり太極拳で低体温をクリアーしている事になるのでしょう。だから毎日やればいいのに、木曜日しかやらないので体調も今一なのでしょう。でも以前患っていた水曜病はこのところ影を潜めています。何事も継続が力ですね。もしかしたらB型人間故の長続きしない性格が、私の低体温の一因かも知れません。そして、何よりも意識レベルの向上に更なる努力をという天の声を謙虚に受け止め、暑~い夏を迎えることにします。

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July 24, 2006

久々のミシンかけ

 連日の雨模様でぼーっとしていると、気分的に闇を引き込みそうなので、久し振りにミシンの前に座りました。いざ使おうとしてびっくりです。ミシン油があちこちから滴り落ちています。以前故障した折に修理してくれたミシン屋さんの油の差し方が問題だったようです。もちろん私の扱いにも問題はあるのでしょうが、ここまで油がしみ出て来ることなど在り得ません。事ほど作用に、近頃のメンテナンス業界は信頼出来かねます。メンテナンスを依頼して、その時は一旦治ったように見えても、すぐに他の問題点が浮かび上がり、再度依頼と言う事が多々あるように思えます。そして、挙句の果ては修理不可能で新しい物を購入する羽目になるような、そんな事って我が家だけでしょうか?ミシンかけどころか、ミシンの分解掃除から始めなければなりません。機械音痴の私にはかなりのストレスです。そう言えばいつかあのミシン屋さんが、そろそろ点検の時期ですのでなどと親切に電話などくれたのもそれを見越してのことだったのか・・・などと、よからぬことまで想像を巡らしてしまい益々癪に障り始める始末。深呼吸をして「ありがとうございます」を連呼しながらやっとの思いで油退治をしました。随分前に友達に頼まれていたズボンの裾上げをやっとの思いで仕上げ、ミシンの調子もまずまずなので、端切れをひっぱり出しミシンパッチで玄関先の暖簾でもと思い立ったのですが、気力の低下からか途中でテーブルクロスに縮小されていました。それでも久々の手作りで、雨模様の気分に光が差し込んできました。レースのテーブルクロスが、継ぎ接ぎのちょっと重めのクロスになって逆効果の感もあるけれど、雨の日のテーブルにはふさわしいかも知れないなどと一人悦に入りつつ外の雨に打ち勝っています。

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July 19, 2006

暗愁・・・?

五木寛之氏の大河の一滴の中に、「暗愁」という言葉が出てくる。どこかで聞いたような、それでいて使ったことのない言葉だ。五木氏によると明治の時代には使われていたらしいが、昭和20年7月の永井荷風の日記に使われたのが最後となって以後、世の中から消えたらしい。辞書にもこの言葉はなかった。「憂愁」という言葉のニュアンスに似て非なるものらしい。意味は、悲しみや嘆きを抱え込んだ様子とのこと。明治の人は誰もが持っていたものらしい。今でいうネガティブ思考に近い物かも知れない。笑いで体の免疫力を上げたり、ポジティブ思考が世渡りには不可欠なご時勢に、なんとネガティブな言葉と一蹴したいところだが、何となく気にもなる言葉だ。果たして、イケイケドンドンで突き進んできた戦後っ子には全く無縁の物かといえばそうでもないはずだ。私も最近やっとポジティブ思考とか、後ろを振り返らない生き方とかを享受出きる様になったが、生まれつき備わったものはそれらに反する要素の方が多い人間だった。明治の人のように夜中にさめざめと泣いた事もあるし、競争の虚しさを感じつつ挑んでしまう矛盾も味わってきた。五木氏の世代の方々から見れば、なんとも掴みどころのない世代かも知れないが、それなりのこだわりも持ち合わせている世代だと自負するのは手前味噌だろうか。年々歳々、悲しみは深まり、暗愁そのものとなるのが人の常かも知れない。だからと言って、これだけ多くの団塊の世代の人間が、「哀しい」「虚しい」と嘆いてばかりいては、世の中に暗愁が蔓延してしまいそうだ。今、老人介護施設があちこちに建ち、快適な老後を送っているかのごとき老人に笑顔は無い。ポジティブ思考も無い。居心地の悪さや憤懣を表現するのは痴呆という症状の中だけでしか出来ないでいる。そんな老人がまさしく暗愁びとではないだろうか。姥捨て山に連れて行かれた老人に似てはいないか。ただ、いつの時代でも同様に、老人を背負って山道を行く若者も、介護施設に託す我々も、少なからず暗愁を感じてはいるはずだ。・・・それはちょっと違うんではないという声も聞こえてはくるが、人の心の中は誰にもうかがい知れないものがあるはずだ。そのうち私にも、暗愁という言葉に覆い尽くされた日がやって来るかも知れない。そんな日が来るまでは力ずくでもこの言葉を押し込んで、ニッコリニッコリ生きて行くのがいいのではないかな~と思いつつ、「暗愁」という言葉に封印をした。

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July 16, 2006

興味深々気功の体験

 昨日ひょんなことから、ある気功のセミナーの受講生が、修了試験でのモデルを探しているので引き受けて呉れないかとの要請があり、興味深々二つ返事で引き受けました。広い会場は沢山の人で埋め尽くされ、色んな人々の体験発表や講演で異様な盛り上がりでした。見えない世界のことをこんなにも盛大に開催する事も意外でしたが、そこに集う人たちの真剣さにも圧倒されそうでした。実は前日まで、その受講生の方も、その気功のことも何一つ知らぬままのモデル体験なので、何が何やらわからないままの当日でした。私をモデルにして気功の力を試される人は、4歳の脳性まひのお子さんを持つご夫婦でした。乳母車に乗った坊やにもお会いしました。天使のような笑顔を見せてくれた素晴らしい男の子でした。若いご両親の真摯な佇まいに、この坊やの行く末が手に取るように見えました。生まれ持って来た障害はご夫婦にとっても、坊やにとっても想像を絶するものだったことでしょう。でも人間の素晴らしさでしょうか、お三人の笑顔には一点ののくもりもありませんでした。医学の世界では限界のあることも、見えない世界を知った人には無限の可能性がもたらされる事を疑いません。気功のセミナーはそのきっかけを作ったに過ぎません。人間が本来持っているものを最大限に発揮できるのは“愛”そのものだと痛感しました。時間の関係で修了証書をお二人が受け取られる瞬間は見ていませんが、セミナーは修了したにしても、ご夫婦の気功の世界への挑戦はこれからが本番です。坊やを通してお二人が更なるお力を発揮されることを願ってやみません。いいえ、必ずや発揮されることを確信しています。私の頑固な首の重さをすんなりと取ってくださった坊やのお母さん、ありがとう!そしてこんなチャンスを作ってくれた和代ちゃん、ありがとう!

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蔦(つた)のからまる家

 何故か、我が家の周囲にはつる科の植物が茂り易いようです。ずっと以前友達の家に植えられていた蔦の茎を1~2本手折って持ち帰り植えたところぐんぐん成長し、つたのからまるチャペルのように、古ぼけた家の外壁を覆い、いい雰囲気にしてくれていました。夏は、つたのお陰で外気温より5度くらいは涼しくなるらしく気に入っていたのですが、モルタル壁の隙間からいつの間にかかずらが侵入し始め、ついには壁を崩落させてしまいました。窓枠の下だったのでよかったけれど、二階の壁だったら被害はもっと大きかったかも知れません。そこで止むなく剪定を決意、高枝ばさみまで買い込み短く切り揃えました。良く言えば古いヨーロッパ調、さもなくば幽霊屋敷だった外観はすっきりしましたが、ちょっと残念です。その他にもつる科の植物がやけに多いんです。ジャスミン、アブチロン、石垣朝顔、むかご、そして今、ゴーヤのつるがぐんぐん伸びています。商業地域ゆえ建ぺい率ぎりぎりに建てた我が家に庭など無いので、せめて効率よく緑で潤したいという私のこだわりかも知れません。それにしても蔦科の植物の旺盛な繁殖力には頭が下がります。肥料など入れなくても、冬の寒さにも負けず、モルタル壁さえ突き破り、切られても、引き抜かれても伸び続ける、かずらの力強さは見習うべき物がありそうです。
 開け放つ サッシの隙間に ジャスミンの つる忍び込み 施錠ためらう・・・・お粗末!

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July 14, 2006

メンテナンス終了に感謝!

 管理会社のメンテナンスでしばらくブログをお休みしました。インターネットの世界など、うかがい知る術のない私ですが、よくよく考えると、宇宙空間は今どうなっているのでしょうか?色んな所から配信される情報が一日24時間休む間もなく飛び交っているのでしょ。地上の交通整理も大変だけど、この世界の交通整理もさぞかし大変なことだろうと思います。時々インターネットがスムーズにつながらないとイライラしたりしていたけど、つながること自体を奇跡の如く感謝しようかななどと思い始めています。スローライフなどと言いながら、やはり早さを要求していた自分を戒めながら・・・。メンテナンスに携わっていた方々に感謝いたします。

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July 03, 2006

感謝デー!

土曜日の午後5時半、孫の前歯二本が折れたので、今時分診療してくれる歯科医院を知らないかと、嫁からの電話。前歯を二本も折るなんてただ事ではないが、事情を聞いている猶予もなく近所の歯科医院に走った。でも時すでに遅く、5時までの診療なのでシャッターが閉まっている。自宅診療をしている歯科医院はちょっと遠いが、いざとなればそちらにでもと思いながら、嫁に電話するがまったく応答無し。下の子も居るし、息子は勤務中だし、さぞかし困っているだろうと思い、何はともあれ主人の運転で息子宅へ向う。その間あれこれ考えず、先日体得した引き受け気功で「孫の怪我すべて引き受けます」とばかりに気功を実行し、合間に遠隔でレイキのパワーを送った。すべてが気休めと思われても仕方ないが、その時は必死だった。ちょうど夕方の渋滞時で、車は進まず、隣の車の人にはおかしな人と思われたかもしれない。動転していた主人も私も、つい最近完成した都市高速の存在など思いつかず、都市高ブリッジが見え始めてやっと「高速を使えばよかった」ととぼけたもんだ。これだから年寄りはあてにならないのだろう。そこへやっと嫁からの電話で歯科医院も見つかり、今手当て中と連絡が入る。やれやれだ。それっとばかりに歯科医院のありそうな道へ走り続けるが、そこは息子宅への道より渋滞しそうな場所。とは言え治療も始まっている事だし、私たちが慌てて行って事故でも起したら何にもならないのでそこからは最も安全運転でゆったりと向った。お陰で歯科医院に到着前には治療も終わり、家の方に帰ったとのこと。急きょ、息子宅へ向い直し無事到着。唇が腫れ上がってはいるものの、思ったより元気なのでほっとする。ここからが私の出番である。唇付近に手を当てレイキを試みる。10分間、孫も神妙に受けてくれ、少し痛みが減ったようだ。しばらくしてもう一度、試みるとすっかり痛みも取れ、腫れも心なしか引いたように見えた。すっかり元気になった孫は庭に出て遊び始めた。口の中も唇も切っているので、夕食はスープくらいしか駄目だろうと嫁がスープを作り始めたので、下の子共々庭に出て遊ばせる事にした。すると孫の「ば~ば、もう一回レイキをやって」との要望があり三回目のレイキを行う。この孫は普段から私の事を教祖のように思っているらしく、ちょっとした病気の時は病院の薬より、私の民間療法を選択する子なのでレイキも何度も体験済みなのだ。その信頼感が相乗効果となって画期的な効果をもたらしたのだと思う。信じるものは救われる!なのだ。腫れもすっかり引き、私たちが帰った後、スープはもちろんおにぎりもしっかり食べたそうだ。これは私の独りよがりの感想ではあるが、駆けつける途中の引き受け気功で大事に至らず、レイキで傷は治癒し、守護霊様のご加護のお陰と心底感謝の一日だった。

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June 28, 2006

悲喜こもごも

ネット上で出合ったうつの方は何とか心を開き出口を見つける意思を示してくれたようで本当に良かったが、知人の娘さんは今、絶不調の時らしい。ご家族の心痛を思うと居たたまれなくなる。何人もうつの方と交流があり、其々に気遣い合ってきたのだが、せぇ~の!でみんな一緒に抜け出られれば最高なんだけど、そんな都合のいいことは起こらない。お陰さまで娘は今元気なので、二人で何とかお役に立てればと思うのだが、やはり難しい。其々に抱えているものも違うし、治療法も違う、何がいいかなど率直に言えないのが現実だ。せめて、引き受け気功で「皆さんの心の闇、体の闇引き受けます」や、レイキの遠隔でパワーを送ることをこっそりすることしか出来ないでいる。やはり時期が来るまで気長に待つしかないのだろう。それにしても、苦しんでいる人の多さは、私が年取って気付くようになったからなのか、それとも時代のせいなのか、いいニュースを探すのが困難な毎日だ。確か、人生というものは半々の確立で良いことと悪い事が割り振られているはずなので、その内いい事が殺到する時代も来るやも知れない。せめてニッコリ、ニッコリ、顔の筋肉を動かして来るべき喜びの時に、いい笑顔がほころぶように勤めていこう。

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June 26, 2006

続・未だ見ぬ人

二日間でしたが緊迫したメールのやりとりは一段落しました。きれい言では無くありのままの娘と私のうつ体験を何度かに分けてメールしました。偶然にもその方と娘の歩んできた立場や道が酷似していて、思っていたよりお役に立てたようで一安心です。でも今日も明日も辛い日々は容赦なくやって来るはずです。それを思うと他人事とは思えません。その方のお母様が私より賢明で、心柔軟な方であって欲しいと心底祈っています。最初は誰もが初心者なのです。始めからうつの何たるかを承知している患者やその家族はいない筈だから、概ねスタート地点で戸惑ってしまいます。その戸惑いが思わぬ方向へ駆り立てる事だってあるから恐ろしいのです。娘と私が味わった悪夢のような日々を誰にも経験して欲しくありません。でも、あの日々があったからこそ今があるのだから私たちには必要だったのでしょう。うつで悩んでいる総ての方々へ心から送りたい言葉は、「今ちょっとした寄り道をしていると思ってください。その寄り道がいつか光輝く自分自身にめぐり合うための道だと気付いてください。信じてください。そして、ゆっくり休養してください。いっぱい泣いてください。笑ってください。」  その方がメールの最後に、辛い気持ちを抱えながらも「自分の思いを少しずつ家族に伝えていきます。そして必ず元気な心でまたメールします」と書き添えてくれました。その方にも娘にも必ず光り輝く人生が巡ってくる事を、その方の母上と共に祈っています。

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June 25, 2006

未だ見ぬ人なれど・・・

ネットでひょんなことから、うつの方とメール交換をしています。どんな方なのかも知らないのですが、一年前の娘とのことが今、私を動かしています。その方もご家族の理解が得られず、そしていい医師との出会いも無く、一人で苦しんでいるようです。私も娘から「うつみたい」と告げられた時には、「そんなことない!」と突っぱねていました。私自身が多忙を極めていた時でもあったし、それまで娘がうつ病のような心の病気になるような性格だなど思ってもいなかったので寝耳に水の感じでした。そのこと一つとっても、うつ病の何たるかも知らない人間だったと言えます。そんな私の浅はかな対応で、娘がどんなに傷ついたかわかりません。でもその時点では仕方なかったとしか言えません。なんでも経験しないことには自分のものとして受け止め切れないのが凡人の辛いところです。七転八倒してやっと色んなことが見え始め理解仕掛かっている段階です。まだまだ確実にうつ病の方たちを理解して上げられるとは思いませんが、少なくとも辛さだけは分かって上げられそうです。だからこそ、今回のメールに至っているのだと思います。いつものお節介ばあさんとはちょっと違って、心底その方の辛さが伝わってきたからです。知人にもうつ病の家族を持った方が居ますが、面と向ってはなかなか対応し兼ねる状況ですが、ネット上だと何だか素直に声をかけられます。だからと言って決して生半可な気持ちではありません。多分娘と重なるからだと思います。一年前、娘との関わりの中で体験した沢山の失敗や苦悩が、今こんな形で少しでもお役に立てればとも思います。それにしても、うつで苦しんでいる人の多いことに心が痛みます。精神的な部分ですので、どんな言葉がその人の心に伝わるのか全くわからない素人の私如きが・・・とも思わないではないのですが。やっぱりお節介なんでしょうか?素通り出来ません。精神科のドクターの、質も量も足りない現状にも危惧します。薬の力も然ることながら、やはり心の拠り所があるかないかで違ってくるはずです。気弱になっている人が居たら、まずは大きな心で向ってあげられるよう、年食った者として心積もりして行きたいものです。

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June 23, 2006

梅雨本番

気象庁の入梅宣言後、皮肉にも晴天が続き、今年は空梅雨かと思い始めたとたんの雨。天の神様の采配には如何なる操作も及びません。総てを受け容れることが自然の摂理で、自然界の生きとし生けるものが皆その事を承知していれば、なんて事無いはずなのに、唯一、我々人間だけがそれを忘れてしまい、この始末に及んでいるようです。地球が変とか、何かが可笑しいとか、ぶつぶつ言ってる我々人間が、最高に変なのです。雨が、変な人間の心を洗い流してくれるのならいいのにと、これまた変な人間らしく、シミジミ思いながら雨足を眺めています。眺めていると、ついへったてしまいそうになります。やはり梅雨本番です。でも、先日の夏至の日には、ありがたい太陽のパワーを貰っていることだし、すべての心の闇を引き受けながら、ありがたい梅雨を乗り切って行く所存で~す。

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June 20, 2006

昔の人は偉い!

6月は忙しい!梅ごしらえ、らっきょ漬け、山菜の保存食、衣替えと、三食昼寝付きの専業主婦ですが、これで結構忙しいんです。おまけに、昨日と今日で40キロの味噌を仕込みました。タッパーウエアーで作る、ままごとみたいな味噌造りですが、40キロとなると少々疲れました。一年に3~4回、10キロずつ作っていたのですが、皆さんに振舞っていたら、作ってみたいという人がいて、2日に分けて講習会をやったんです。大豆を前の晩から、水に漬けたり、大きいボウルや鍋や大豆をすり潰す餅つき器を引っ張り出したり、それなりのお膳立てが一騒動です。10キロづつ作るのですが、麹をほぐしたり、その間に大豆を煮て、餅つき器ですり潰し、大きな容器の中で渾身の力を込めて混ぜ合わせ、容器に投げ入れて完成するまでに、1~2時間はあっという間に過ぎます。それを2日間で4回繰り返し、お茶席も設け接待し、へろへろです。でもみんな喜んでくれたので、まっいいか!昔の人は、こんな事を年がら年中やっていたんですよね。味噌だって豆の栽培からやって、醤油もうどん粉も、黄な粉もみ~んな手作りだったんですね。食べる事だけでなく、衣も住もすべて自前だったのだから、想像を絶するところです。洗濯機も掃除機も無い、ガスも電器も水道も無い時代の人たちは、もしかしたらスーパーマンだったのかも!一日が24時間は変わらないのに、やはり昔の人は恐るべしでしょう。今の時代で良かったとつくづく思いながら、こんな夜更けに電力のお世話になっている、ノウテンキな専業主婦で~す。

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June 16, 2006

お登紀さん・大好き!

 歌手の加藤登紀子さんが大好きです。“一人寝の子守唄”を聴いた時から、歌手というより、詩人として尊敬してきました。近頃発表された、“檸檬”という歌も、ラジオ深夜便で初めて聴き、気になっていましたが、今朝のテレビ番組の最後に、弾き語りを視聴することができ、今日もラッキーな一日が始まりました。お顔に刻まれた皺の深さが、これ程美しく思える人も少ないと思うのですが、「お登紀さん、ごめんね!」。藤本氏の残された農園を、娘さんたちと存続されている姿勢、いぶし銀のような歌姫、少女のままの心、いろんな顔を持っている熟女にただただ敬服するのみです。そして、今朝の番組の中で言われていた一言にも救われました。「麗言(うるわしごと)は人の心に響かないけれど、本心から発した言葉は人に響くのです」。自分を偽ったきれいごとを言うのは、もう止めようと思えてきます。言いたいことを言えた時、元気になっている自分が居るのを、最近やっと気付き始めたところだったので、ほっとしています。ただし、主義主張ではなく、自分の思いの言葉に限るのでしょうが。

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June 15, 2006

ちょっとパニクっています。

 両膝の半月版損傷で、一年半も入院していた義母が、退院を勧告されています。途中で、色んな合併症が出てリハビリも思ったほど効果無く、未だに歩ける状態では無いのですが、これ以上の加療が、保険の点数に見合わないらしく、取りあえず退院なのだそうです。思えば、義父の時もそうでした。入院時より病状は悪くなっているにも関わらず、3ヶ月毎に見直される診療内容に沿って治療が変わってくる為、一定の期間を過ぎれば、否応無しに退院を示唆されていました。容態が日に日に悪くなっている事など関係なく、院長先生の「ゴールが見えてきましたので、退院して下さい」の言葉を聞いた時は、唖然としました。入院時には無かった痴呆もひどくなり、食事も鼻からの流動食になり、寝たきり状態の義父を、どうすれば家で介護出来るのか、見当も付かない状態でした。慌てて、介護ベッドのある病院を探し、無理やり転院させられたのが思い出されます。それに比べれば、義母の病院は、こちらの事情を承知してくれ、一年半もの間お世話して頂き、文句を言える立場では無く、早急に退院をしなければならないのでしょうが、それはそれでまた難儀なことです。入院した時は、片方の足は辛うじて立てていたのが、今では、両膝とも曲がってしまい、歩行器無しでは歩けない状態です。ああ・・それなのに、家に帰ってくるという。60キロ近い体重の義母を、私が支えていけるだろうか?オムツに頼り切っている義母に、自尊心が帰ってくるだろうか?お風呂は?通院は?玄関の階段をどうして上がらせるのか?家の中の段差は?手すりは?・・・・。不安は募るばかりです。義父の時は、私も若かったし、義母もそれなりに居てくれたので、なんとかやれたが、あの状況が再びと思うだけでぞっとします。義母には悪いけど、これ以上私の人生に圧し掛かってきて欲しくないのが正直な心情です。こんな事を、公に言えるようになった自分に驚きながら、今は冷静に自分の気持ちを最優先させながら、今後の方針を考えて行きたいものです。たった一人しかいない息子の嫁である私が、こんな事を考えているなどとは、夢さらさら考えていない義母のことを思うと、可哀想な気もしますが・・・・。娘がやっと元気になり、これからは自分の人生を、それなりに意義あるものにしたいと思い始めていた矢先のことなので、ちょっとパニクっています。これって薄情者のたわ言なのでしょうか?嫁なら当たり前だっ!と言う言葉が、耳鳴りと共に聞こえてきそうで~す。

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