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March 29, 2009

日の出ずる国からの変革

 今を生きる人に、最も求められるものが“変革”。それではどんな変革が求められているのだろう?人が変わることによって、これからの世界が変わるとすれば、キーマンは一体誰だろう?
 スピリット・マインド・ボディーから成り立つ人間。 スピリット・・・「霊的なる魂」は変えようとして変わるものだろうか? マインド・・・「理知的な心」は変えようとすれば変わるはず? ボディー・・・「肉体」は変えようと思えば変えられるものではあろうが・・・心の持ちように関わってくる筈だから、一筋縄ではいかないだろうか?
 突然こんな難しいことを考え出したのは、久し振りに“ガイアシンフォニー”のDVDで、酸素ボンベなど一切の科学的装備を使うことなく単独で、世界の8000メーター級の山々を踏破した“ランフォルト・メスナー”の言葉に改めて触れてのことです。西洋に於いては受け容れ難いと言われる“目に見えない世界”を、メスナーは苦しい登頂の度に受け容れて行ったようです。断崖を転げ落ちていく瞬間に、俗にいう幽体離脱を体験したことや、エベレスト登頂間際に雪の中で倒れた時に体験した不思議な現象に起因するようです。
 私たち日本人なら、そんな目に遭わなくても、見えない世界の存在を何となく受け容れられるのではないでしょうか。それは宗教観の問題なのかも知れませんが、日本に生きていると言うだけで、特別強い信仰心など持ち合わせていなくても・・です。それなら今一番に変革を試みるのは、私たち日本人ではないでしょうか。ただし、今どきの政治家さんが口をとがらせて言っている変革とは全く違います。ミサイルらしき物が飛んで来るやら来ないやら?まだ見えていないものを敵にしてしまう愚策を弄するような政治家に、真の変革など在り得ません。かと言って、宇宙飛行士やノーベル賞を貰ったような人たちだけに託すには余りにも無理があります。特別ではない普通の人たち・・・日の出ずる国の・・・日本の人たちが、心の在り様を変えることで、もしかしたら何かが変わるのではないでしょうか・・・?!
 ガイアシンフォニーを作った龍村仁さんの思惑はそんな所ではないのかな?・・・と思いつつ
ガイアシンフフォニーを鑑賞するたびに、心揺さぶられてしまいます。

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March 26, 2009

今日という日は・・・・

 「今日という日は、昨日亡くなった人が、切に生きたいと思った一日なのです。」 ふっと耳に飛び込んできた一節です。何気なく迎えた今日という日の重さにハッとしてしまいました。いつもかつもこんな事を考えて生きることは出来なくても、時折思い起こし、今日を大切に生きるべき言葉だと痛感しました。大切に生きると言うことは、ただ生に執着するというのではなく、丁寧に生きることだと思います。ではその丁寧さを考察すると・・・はたと困ってしまいます。丁寧と言う言葉を辞書で引いてみたら、「親切で礼儀正しい態度・念入り・注意深いこと」とあります。対義語は粗略「ぞんざい・おろそか」とあります。どちらが今の自分に当てはまるかと言えば、粗略の方でしょう。あらゆることに粗略になっては居ないだろうか?心ならずも死んでしまった方々が、痛切に生きたいと願っていた今日を、粗略に生きようとしてはいないだろうか?今年もまた桜の花を愛でることが出来たことに感謝しているだろうか?・・・朝から重たいことを考えてしまったけれど、なんとなく心が軽くなった気がするのは、少しばかり丁寧な時間を見つめられたからかも知れない

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March 25, 2009

老人力とは忘却力なり!

 リフォーム終了後の日課が“探し物タイム”です。工事に先駆け、家の中に定住し切っていた物を移動、或いは廃棄したのがそもそもの始まりです。当面必要なものについては再デビューさせたものの、生活して行く内に、その都度必要となる物の所在がはっきりしません。なにせ30云年の歴史の中で不用品が蓄積されていた現実を突きつけられ、気合を入れて整理したのが凶と出たようです。もちろんすっきりした部分もあるにはありますが・・・。日を追うごとに、廃棄したものへの追慕にすっきりしたとばかりは言い切れない状況続出です。
 「あれ、どこだった~?」今朝も、デジカメの行方が知れず夫と二人で探し物タイムです。結果は行方知れずのまま、「♪さがしものはなんですか~♪みつけにくものですか~♪・・・」「鞄の中も机の中もあらゆる所を探したけれど見つかりません。こうなったら踊るしかありませんね。」とばかりにあきらめた私は、こうしてパソコンの前に座っています。多分引越しさせる時にポイっとどこかへ移動したのは私でしょう。お座なりにしていたデジカメなので、世を儚んで自らゴミ箱の中へでも飛び込んだやも知れないなどと意味づけしながら「ご縁がなかった」の一言で幕引き出来るのが私の得意です。それに引き換え、トコトンあきらめないのが夫です。今も探しています。割れ鍋に綴じ蓋・・・と言ってしまえば夫に失礼かもしれませんが、30云年の歴史がこんな形態を作ったのでしょう。こだわるも良し、あきらめるも良しとして今後一層増してくる忘却力に立ち向かう老人力も必要なのではないでしょうか・・・ね?

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March 13, 2009

春二番が吹き荒れる13日の金曜日なれど・・・

 長い冬眠でもしていたかのように、前回の発信日から二ヶ月近くが経ってしまいました。その間、無感動に過ごしていた訳ではなく、世論に反応する日もあったのですが、言葉にならなかっただけです。世の中危ういことばかりがメディアで報じられ、神経が麻痺してしまった感もあります。
 当地では今日、一番乗りで桜の開花宣言が出されました。「早すぎる!」 しかも春二番の嵐も吹き荒れています。元々世の中の流れについていくのが苦手な私には刺激の多すぎる季節到来です。毎年この時期は、心身のアンバランスから体調不良になるのが癖だったので要注意ですが、今年の私はちょっと違います。お気に入りの布遊びも、畑仕事も、それなりに楽しんでいます。還暦から一年が過ぎ、60代の暮らしに適応出来たのかも知れません。生病老死といって、人生尻すぼみになるとばかり思っていたのに、還暦とはよく言ったものです。暦が巡り巡ってスタートラインに戻ったような気分です。
 そんな気分なので、築30年の我が家の台所とお風呂を思い切ってリフォームしてみました。システムキッチンとか、システムバスなどとは、生涯ご縁はないと思いながら、せっせと古ぼけた家を慈しんでいました。それはそれなりに工夫次第で住み易かったのですが、思い立ったら吉日とばかりに実行したものの、結構な手間とお金がかかってしまいヘロヘロです。それでも機能的になった部分には大いに満足しています。もうこれで田舎暮らしを羨む気分は当分お預けです。なんのかんのと言いながら、この家が終の棲家なのでしょう。
 住み慣れた家ならばこその愛着かもしれません。あと2~3ヶ月すると、同時代に建ったお隣さんも7階建てのマンションになってしまいます。ここ数年、我が家の周りは、雨後の竹の子のようにマンションが建ち上がっています。100年後の町並みを想像すると恐ろしくなる状況です。
 せめて我が家のような木造住宅に住む者は、昭和の名残を懐かしみながら、愛着を持って住むことに徹して行きたいものです。
 明日は嵐も去って、春町公園の桜の花も競って咲き始めることでしょう。「排ガスに耐えて 今年も さくら咲く」

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