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October 24, 2008

決定権は?

 人の生死の決定権はどなたが持っているのでしょうか?それが永遠の謎でした。
 10月20日、私の義理の姉が突然、57歳の人生を終えました。交通事故でした。姉とは言え、年は私より若かったので、義姉妹と言うより友達のような関係だったので、その死をどう受け止めていいのか混乱しました。死ぬ二日前まで、兄と二人で四国巡礼に行き、八十八箇所をすべて廻り、般若心経の写経と手ずからの仏画を収め、あらゆる執着や煩悩を四国に預けて帰って来た直後の出来事でした。一時は、神も仏もないのだろうかと思いましたが、そうではなく、神も仏もちゃんと認めてくれた、義姉自身の選択だったのではと思えてきました。肉体波動の時点では、人にそのような決定権はないでしょうが、魂の圏内に於いては、もしかしたら有り得る事かも知れません。交通事故だったにも関らず体は無傷だったことや、脳死状態で搬送され、数時後には肉体の生命活動も停止したことに、生前からこだわっていた彼女の意志が働いたとしか思えません。二年前に乳癌の手術を受けた時も、再発予防の放射線治療は自分の意志で固辞し、自己管理に徹していた彼女です。それでも時々恐怖心に負けそうになると、電話やメールで弱音を漏らしていました。そんなことから、思う所があり巡礼の旅に出たのでしょう。満願の時点でのメールには、未だかつて無い強い意志がみなぎっていました。それほどに充実した遍路だったのでしょう。それから二日後の突然の死でした。様々な儀式の段階で兄も私も、もしかしたら本人の意思で旅立ったのではと感じられるようになりました。魂の波動がきちんとしていれば、そのような選択権をも神仏は与えて下さるのではないでしょうか。そして死ぬことが忌み嫌われるものではないことも教えてくれた義姉の死でした。生きるも死ぬも自己決定なのでしょう。 合掌

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October 17, 2008

今更ながら~!?

 食の安全などと、今更ながら騒いで見ても・・・もう手遅れなんでは? 農薬というものが発明されて以後、とっくの昔から、それらの有害物質は確実に私たちの口に入っているはずです。まだ私が小さかった頃(50年以上前でも)、昔ながらの循環型の農家でも、消毒などには化学物質を使っていた記憶があります。田んぼに棒を立て、赤い布切れを下げていた景色が思い出されます。そんな田んぼの傍を通る時、口を閉じ早足に通り抜けていたはずです。赤い布切れは農薬散布のしるしだったようです。それでも、まだまだ土にはミミズも居たし、小川にはメダカやドジョウも泳いでいたし、野菜自体の力もあったはずです。あれから云十年の歳月が、農家を画期的に変えてしまいました。自家用と市場用の野菜の栽培方法に差を付け、見栄えだけを重視した農業者が当たり前になって来ました。ごく稀にですが、「このトマトはトマトの味がする!」などと言う会話を聞くと、当たり前の話が当たり前でなくなってきた不思議を感じます。 日々伝えられる食に関するニュースを耳にして、「天罰だぁ~!」と思うのは私だけでしょうか?どこ産の物が危ないなどと言っていますが、どこ産もここ産も無いはずです。有機野菜と表示した野菜でも、その有機肥料に何が紛れ込んでいるかわかりません。自分で野菜を作って見てよくわかります。スーパーやデパ地下に並んだ野菜が、何ゆえに優良野菜なのかが。もはや、優良という意味合いすら捻じ曲がってきているのでしょう。何も農家の方を責めているのではありません。私たち消費者が一番愚かだからです。
 グルメ番組のなんと多いこと。どこの局でも食べ物が飛び出してきます。一口食べての開口一番、「やわらか~い!ジューシー!」 固いのが美味しいことだってあるのに・・・!ふんだんに提供される食べ物の素性など問いただす余地さえなく、口に運ぶリポーターの人たちの健康を気遣いながら見るのに疲れてしまい、今ではグルメ番組は我が家ではタブーです。飢えや貧困に苦しむ人々の事を知らないはずはないでしょうに、製作者の品位を疑います。尚且つ、視聴者の品位もです。「 にわとりが先か卵が先か」の範疇でしょうが、哺乳類の中では高等動物であるはずの人間性をも疑われる現代社会の大きな歪みを、今更ながら悔やむ今日この頃です。

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October 07, 2008

机上の空論VS農民の一言

 昨夜のラジオ深夜便発の、山形県の米農家のおじさんの一言を国会議員のお歴々は聞きませんでしたか?夜の11時20分からの放送なので、健全な?議員さんは就寝中だったのでしょうね。
 「時が来る。その時農民は朱鷺になる。」 そのおじさんの居る村は、由緒正しい米農家からなる村であるにも関らず、お米を作っている人たちの平均年齢が67歳なんだそうです。しかも、手間ひま惜しまず育てたお米で生計が成り立っているわけではないのだそうです。10キロのお米を作るのに2400円ほどの経費を投じ、売ったお金は2000円なのだそうです。後継者が居ても、継ぐに継げない事情はそこだったのです。80歳の米農家のおじいさんは、お米を作るのが大好きで、何十年も作り続けて来て、本当はまだまだ現役で作りたいのは山々だけれど、長男さんが外で働いて稼いで来た賃金の中から経費を手出しして貰い作っている現状に行き詰まりを感じ、今年限りで米作りを止めるのだそうです。この話を聞き不思議には思いませんか?山形産のブランド米が10キロ2000円などでは買えませんよね。その差額が流通段階で生じて来ていると言う矛盾に、何とも経済の怪しさを感じてしまいます。あと10年もしない内に、高齢の米農家のおじいさんたちが、こぞって田んぼをあきらめたら・・・と思うだけでぞっとします。一次産業を大切にしない国は滅びます。目の前に迫っている食料不足の危機を救ってくれるのが、一次産業の方々なのです。その時は必ずやって来るのです。でもその時は時既に遅しで、天然記念物になってしまった朱鷺と同様にお百姓さんも希少な存在になっていると言う展開です。「時がくる。その時農民は朱鷺になる。」真に名言などと感心している場合ではないのです。国会で事故米の尻拭いにやっきになっている議員さんも、それはそれとして大事ではありますが、与野党一致協力して早急に決着を付け、10年後の、いいえもしかした数年後の危機に思いを巡らせ、やっきになって頂きたいものです。

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